ヴァトルダー「……まずい」
市場へ向かったのはいいが、ここに一つの重大な障害があった。
最初の頃の話を持っておられる方は、少々読み返してみるとよろしい。ヴァトルダーは、ロマールでは指名手配中だったりするのである。当然、手配書なんかも人相書きとともにあちこちに回っている。これほど特徴のある顔をしていれば、「あ、僕、そんなヴァトルダーなんて名前じゃないですぅ」などというごまかしは、十中八九失敗する。
というわけで、誰かに顔を見られると、洒落にならない事態が待ち受けているのだ。かくいう作者も、別キャラクターで実際にプレイするまではこのことに気づいていなかった(笑)。
ティグ「? どうしたんです?」
事情を知らないティグとラエンは、冷や汗をかいているヴァトルダーの顔を見て首を傾げる。
ダルス「! おう、そういえば!」
ダルスがポンと手を叩いて、かの一件を思い出した。
ダルス「実は……」
次の瞬間、ダルスの口はヴァトルダーの凍てつく視線によって凍り付いた。
ヴァトルダー「(ダ、ダルスぅ!余計なこと、言うんじゃないっ!)」
ヴァトルダーの目は、如実にそう語っていた。
ヴァトルダー「あ、あのさぁ、ティグさん。俺、ちょっと用事を思い出したから、先に帰ってるぜ」
ティグ「はぁ、そりゃあ構いませんけど……」
ますます事態の飲み込めないティグ。
ヴァトルダー「じゃ、そういうことで」
ヴァトルダーは風のように立ち去った。
ティグ「……何だったんでしょう?」
フィップ「気にしない、気にしない。それよりティグさん、僕、あれ、食べたいなぁ……」
フィップの視線の先では、どこぞの獣の丸焼きが売られていたりする。
ティグ「はっはっは、いいですよ。どうぞ皆さんも欲しいものがあったら言って下さい。 ラエン以外は、ポーンと奢ってあげましょう!」
一同から歓声が上がる。
ラエン「あのぉ……するってぇと俺は?」
ティグは無言で給料の明細書を出した。
ラエン「……ただでさえ減俸中だったんだな、俺ってば」
そのまま自分の世界へ入ってしまうラエンだった。
場所は再びネットワークで一二を争う汚い支部・ロマール支部。
ティグたちから……というより、ロマールの一般市民から逃げるようにして帰ってきたヴァトルダーは、多少綺麗に片づけられた、自分に割り当てられた部屋の中で、一心不乱に素性隠しに励んでいた。
ヴァトルダー「うーん……どうもフルヘルムは性に合わんな……。とはいえ、顔は隠さないとまずいしなぁ……」
部屋の戸棚をガサガサ探っていた(荒らしていた、という言い方もあるにはある)ヴァトルダーは、真っ白な布切れを見つけた。
ヴァトルダー「お……そうだ。こいつで顔を隠せば……」
さっそく作業にとりかかる。
やがて完成し、ヴァトルダーは部屋に掛けてあった、亀裂の入った鏡の前に立った。
ヴァトルダー「おおっ! なかなかいいじゃないか!」
……そうか?
数時間後、魔法の商品少々&がらくた多数&食料品数人分(ティグ曰く「ここの支部の出す食事は大したことないですからねー、私の口には合いませんよ」)を買い込んできたティグ達に笑い飛ばされたのはいうまでもない。
翌日、ティグはガルファー卿の屋敷に上がり込んでいた。
ティグ「やー、昨日はどうも」
ガルファー「いやいや。それにしても、執事から報告を受けたときには正直言って驚きましたわい」
ティグ「ははは、でしょうねぇ」
ガルファー「そういえば、あなた方が鏡から出てきたときに、何人か男がおりましたでしょう」
ティグ「……はて……」
いたんだよ、書き忘れたけど。
ティグ「はぁ、左様で。では……おおっ、そういえばいましたね」
ご協力感謝。
ガルファー「その者達は、屋敷の警護のために二日前に雇ったわけだが……その日の夜に、 いきなり盗賊に入られましてなぁ」
ティグ「それはそれは……でも、無事に捕まったんでしょう?」
ガルファー卿は頭を抱え込んで首を振った。
ガルファー「いいや……見事に盗まれてしまいましたわ。まったく、役立たずめ……!」
ティグ「お気の毒に……で、何を?」
ガルファー「金の像。ほれ、5年ほど前にあったとき、一度見せたことがありますな。あれですわい」
ティグ「あ……確か、4万ガメルは下るまいとご自慢なさっていた……」
ガルファー「そう、それです……」
ガルファー卿から哀愁がじわーっと伝わってくる。
ティグ「はは……ただでその連中を雇っていたとしても、何年かかれば元が取れるかわかりませんね……」
ティグは笑いながらそう言った後、ふと思いついたように言った。
ティグ「……そうだ。何でしたら、4万ガメル、私が立て替えましょうか?」
ガルファー「え? ほ、ほんとですか!?」
急にパァッと明るくなった声でガルファー卿が聞き返す。
ティグ「ええ。まぁ、その代わりといってはなんですが、問題の連中をお貸しいただけませんか?」
ガルファー「はぁ、あいつらでしたら熨斗をつけてお渡ししてもよろしいぐらいですが……でもなぜ?」
ガルファー卿は眉を潜めて尋ねた。
ティグ「いえ、昨日もお伝えした通り、私たちはいま、クライドー探しの真っ最中なわけですよ。で、従業員からその人手を割こうかと思ったんですが、どういう訳かここの支部はやたらと繁盛していましてね、遊んでいるのは支部長のラエンぐらいなんです。とまぁそういうわけで、猫の手でもいただきたいと思いまして」
……ガルファー卿のところに雇われていたのは、「猫の手」なのか?
ガルファー「そういうことですか。いや、どうぞどうぞ。ささ、お持ち下さい」
ティグ「そーですか。では、遠慮なく」
哀れ、名も(今の所)無き男達! わずか(でもないか)4万ガメルで身売りされてしまうとは……。
ティグ「えー……というわけで、この人達はクライドー探しに雇いました」
結局その男達は支部まで連れていかれ、現在主だった連中にさらし者……もとい、紹介されている真っ最中である。
ティグ「ささ、自己紹介でもどうぞ」
おおっ! ついにその名が明らかに!
ゾーン・ジオ・バーズ「えー、ご紹介にあずかりました(←あずかってないあずかってない)私、一応このパーティのリーダーを勤めますゾーン……」
ぶわきっ!
ラスティ「ええい、ふざけるな!弟子の分際でリーダーを名乗るとは100年早いぃ!」
コンマ「まったく、これだから貧乏人は困る!」
ラスティはグサッときた。彼も「貧乏人」の該当者だったりする。
左腕(但し通り名)「……あほう」
冷ややかな目でゾーンを見るのは、隻腕のシーフである。
ここまできて、こいつが誰の分身(=プレイヤー・キャラ)かわかった人は偉い。わからない人は、ヴァトルダー君の境遇を考えよう。
ティム・コールヴァーン「あーあ、これだから盗まれたりするんです。まったく……」
およ?
ヴァトルダーは彼の顔に見覚えがあった。
ヴァトルダー「お前、確かいつかの……」
ティム「?」
ヴァトルダー……相手に自分のことをわからせたかったら、まずはその覆面を取れ……。
ティム「……ああ、あの時の!」
ティムははたと思い出した。
ティム「僕のことを娘さんのソローちゃんの誘拐犯と間違えてさんざん疑りまわったあげく、実は単なる勘違いだったという笑えない過去を持つヴァトルダーさん!」
……君……言うねぇ……。
ティム「その節はどうも」
ヴァトルダー「あ……ああ……」
顔がもろに引きつっているヴァトルダー。
ティグ「おや、お知り合いですか?」
ラエン「ああ、あれか。ヴァトルダーのやつ、この間ここに……」
ヴァトルダー「ラエン……」
げしっ!
ヴァトルダー「余計な事は言うなと言っておろうが!」
ラエン「うるせぇっ! 言われて嫌なことなら、はじめからするな!」
以下、子供の喧嘩。
ティグ「ほーらソローちゃん、あーいうのを見ちゃだめですよぉ」
ソロー「うん……」
ティグ「じゃ、クライドーのことは頼みますね。一応、4日以内と期限を決めておきますからね」
ティム「4日……ですか」
ティグ「不服なら、4万ガメル……」
ティム「だぁっ!やります、やらせていただきますぅ!」
ティグ……やり方があくどい。
左腕「まぁ……やると決まったからにはやるさ……」
おお! 渋い。
2日後の夜、とある合法のカジノ(但し表向きは)に、ゾーンのパーティはいた。ラエンが巷から入手した情報をもとに、軍資金(2万ガメルほど)を持って調べにきたのだ。
その数時間前、彼らと入れ違いにとある情報を手に入れたヴァトルダーは、ティグからお小遣いをもらい、同じ場所に来ていたりする。
ゾーン達は中で偶然起こった喧嘩の処理をしてそこの支配人に存在を認められ、またその支配人からそこそこ金を持っていそうだとの判断を受け、地下二階の非合法のカジノに案内された。
そこでルーレットを楽しんでいたいかにもリッチそうな婦人や紳士から、数日前に怪しい男がいたこと、そして彼がベルダインで一旗上げると豪語していたことを、賭けに勝って聞き出すことに成功する。
スロットマシンのところに白覆面の怪しげな男が絶叫を上げて目を血走らせながら遊んでいたが、彼に尋ねても一切ノーコメントなので相手にするのはやめにした。
そこですぐ帰ればよかったかもしれない。しかし、数分出るのが遅れたために、彼らはそこで一夜を明かすことになる。
白覆面が突然怒って力任せに背中のグレートソードを抜き放ち、スロットマシンを粉々に破壊したあげく上の階へそのまま逃走したのだ。ゾーン達が記憶しているところでは、その後上からは「おやめ下さい!」だの「警備兵を呼べ!」だの「外へ逃げたぞー!」といった絶叫が聞こえてきていた。
当然彼らは困った。なにしろ、今いるフロアは「非合法な」場所なのだ。もしこの場所が警備兵にばれようものなら、一発でお縄を頂戴しなければならなくなってしまう。
というわけで、翌朝まで彼らを含めその階にいる人間はは動けなかった。支配人が安全なことを伝えにくるまでだ。
白覆面……ヴァトルダーも、罪作りな男である。
そのあとゾーン達はベルダインへ飛び、クライドーをひっ捕まえてティグのところまで引っ張ってきた。……うーん、我ながら端折ってる。
ティグ「いやぁっ、よくやってくれましたっ! まさかホントに捕まえてくるとは……っと、そんなことはよろしい。とにかく! えらぁいっ!」
もうべた褒めである。
ティム「いやあ、それほどでも……」
ゾーン「報酬おくれ」
お、お前……やはり(ピー)の化身!?
ティグ「もっちろんです! ささ、どーぞ」
ここで一万ガメルをポーンと出すティグ。うーん、リッチなお方め……。
貧乏人のゾーン&ラスティは拝みながら受け取り、外へ出ていった。それに続き、ティム、コンマ、左腕が一礼してその場を去った。
ティグ「ふふ……どーやって懲らしめてあげましょうか。ねぇ、クライドーちゃあん」
冷たい地下の牢獄で、息子を手に掛けた張本人を前に不気味な笑みをもらすティグ。
クライドー「くぅ……所詮、私の力この程度のものか……!」
ティグ「おや、もうあきらめるんですか? 兄は……フォルはしぶとかったですよぉ。一回死んでもまた生き返ってきましたからねぇ」
それはお前とて同じではないのか?
クライドー「くそぉっ! こんなことなら、あの時お前の方を誘い込んで殺してしまえばよかった……」
ティグ「まったく……ネットワークを乗っ取ろうなど、兄でも考えませんでしたよ」
そりゃあ、あいつは「世界」を乗っ取ろうとしていたからなぁ。どっちの方を大物ととるかは個人の判断によるが……一般論としては「世界」だわな。
ティグ「どっちにしても、もう終わりですよ、君。ね」
クライドー「ふっ……それは、どうかな」
この期に及んで不敵な笑みを浮かべるクライドー。
ティグ「と、言うと?」
クライドー「教えて欲しいのか?」
ティグ「……欲しいですね」
未知への誘惑には勝てないか、ティグよ。
クライドー「じゃ、まず腕のこの縄をほどいて」
ティグ「なぜ?」
クライドー「この袖口の裏側に、その秘密があるんだよ」
ティグ「あ、左様で」
クライドー「さ、お解き」
ティグ「はいはい」
思わずつられて解くティグ。こ、こいつ……。
ティグ「で、何です? どうするっていうんですか?」
クライドー「こーする」
ぶつぶつと呪文なんぞを唱え出すクライドー。
ティグ「……」
思考中。
クライドー「じゃ、そういうことで。『テレポート』」
シュンッ!
クライドーはあえなく逃走に成功した。
ティグ「……あぁぁぁぁーっ!!」
今頃大声を上げても遅いわ、ティグ!
災い転じて……もとい、福転じて災いとなす、か。まぁよくあることだ。この話の中では(笑)。
結局、話は振り出しに戻ったのであった……。
ティグ「くーっ、しくしく……」
ええい、やかましい!いい年した中年が泣くんじゃないっ!
ラエン「あーあ、俺がついていればこんなことにはならなかったのに……」
リーハ「何を考えているんでしょう! ちょっと考えれば、そうなることぐらい、子供でもわかりますわ」
いつもはティグの味方のリーハまでが攻めている。
ソロー「うん、あたしでもわかる」
ティグの心に一本、太い杭が突き刺さった。
ヴァトルダー「はっはっは、いつもはけなされる側なだけに、今回は実に気分がいい! うん!」
友達を一人残らずなくしそうな発言である。
セダル「ともあれ、また探さないといけないわけか」
「また」のところにしっかりとアクセントが置かれている。
ローゼン「俺、思うんだけど」
ローゼンが手を挙げて提案した。
ローゼン「いっそのこと、クライドーのことはあきらめて、オランに帰ったらどうかな?」
ティグ「だーめっ!」
ティグは即座に反対した。
ティグ「まだ、クライドーにはセインの件の恨みを晴らしてないんですよ。こう、ナイフで指を一本一本サクッと……ふふふふふ……」
すでに深い妄想に入っている。
ローゼン「だってなぁ。テレポートなんか使われちまったら、どこにいったか皆目見当がつかないんだぜ。もうオランの方に行ったかもしれないし、逆に更に西へ行ったかもしれない」
レンディ「でも、いずれにせよいつかは戻ってくるでしょうね」
レンディが言葉を続けた。
レンディ「彼の最終目的……だと思いますけど……は、あくまでネットワークを乗っ取ることですよね。きっとまたオランにやってきますよ。セイン君やらティグ様なんかを手に掛けるのは、それこそ二の次でしょうし」
リーハ「そうですわね。それがよろしいかもしれませんわ」
レンディ「そーですとも、お姉さま!」
リーハ「そーよね、坊や」
……あたりを身の毛もよだつような雰囲気が包んだ。
ローゼン「れ、レンディ……お前……」
ヴァトルダー「リーハさんまで……」
リーハ「あ、いや、これはその……」
レンディ「ローゼン! 違う、誤解ですぅ! 僕とおね……もといリーハさんは、そんな仲では……」
セダル「うおぉぉっ! ついにリーハの姐さんも年貢の納め時かぁ!?」
ラエン「ををっ! そいつはめでたい! リーハ、兄さんは嬉しいぞ!」
いつからお前はリーハの兄になった……?
リーハ「違いますっ!!」
レンディ「違うんですぅー! これは……」
ティグ「ええい、うるさぁいっ!」
……シーン。
ティグ「……まったく、何を考えているんですか。考えがまとまらないじゃないですか」
ローゼン「考えって……?」
ローゼンがおそるおそる尋ねる。
ティグ「ええ……いや、そのやっぱり、ローゼン君の言う通り、オランに帰った方がいいかな……と思いまして」
ローゼン「そうします?」
やや思案し、頷く。
ティグ「ええ! そうしましょう」
ティグの顔に、もう迷いは微塵も感じられない。
ティグ「クライドーのことは、各支部で地道に探してもらうことにします。そのうちに向こうから出てくるかもしれませんしね」
ヴァトルダー「まぁそれでもいいか。な」
一同も頷いた。
ティグ「あ。ところでお二人さん」
ティグはふとリーハとレンディの方を向いて言った。
ティグ「式はいつですか?披露宴はパーッとやりましょうね!それから、新婚旅行は……」
ボクッ!
ティグ「なぜ……2レベルごとき戦士の攻撃を……避けられなかったんでしょう……私……」
頭から血を吹き出しながら、ティグはぱったりと倒れ込んだ。人をからかうのはほどほどにしましょう。
ヴァトルダー「ティグさぁん……こりゃダメだな。じゃ、俺達、先に帰ってるわ」
メノ「あの……私、何しにきたのかしら?」
リーハ「深く考えると、体に毒ですよ」
許せ、メノ! 話の大幅な変更のために、出番が削れてしまったのだ。ま、名前が出ればそのうち役はもらえるから、安心なさい。
フィップ「僕らもそろそろ出番が……」
……悪かった。今回は全部作者が悪かった!
ヴァトルダー「以後気を付けるよーに」
……お前には言われとうない!
ティグ「ふぅ……やっぱり、朝はこれに限りますね。ねぇ、執事A’」
執事「左様でございますな、旦那様」
ティグ「……どうしました? もう下がってもいいですよ」
執事「いえいえ、そうはまいりません」
執事は首を振って答えた。
執事「またご失踪されては困りますからな」
そう言って微笑みを浮かべる。
ティグ「あなたも結構言いますねぇ」
執事「ま、これでもあなた様の執事でございますから」
穏やかな笑い声が、朝のティグ邸に流れた。
クレイン・ネットワーク。2週間たった現在も、いまだ平穏無事である。