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『遺跡への挑戦者』プロローグ

「へえ……お前が持ってきたにしちゃ、悪くない話じゃないか。俺たちをわざわざこんなところまで呼び出しただけのことはあるな」
 仕事内容を記載した紙を覗き込んで、ヴァトルダーは舌なめずりした。
「ふふん、俺の鼻を見損なうなよ。これでも昔はこの道で随分慣らしたもんだ。あの頃の俺は凄かったもんさ……ティグさんの誘いでクレイン・ネットワークへ入る時に引退したけどな」
「それで今度はそのネットワークから勇退。ほんと、何考えてるのかしら」
 と、自慢げに語るラエンの出鼻を挫くリーハ。真剣に付き合うようになってから、ますます息のあった『漫才コンビ』になってしまったようである。
「で? 俺たちにこの話を持ってきたってことはやっぱり、一緒に組んでこいつを探そうってわけか?」
「まあな。確かに俺もリーハもその道ではプロだが、専門から一歩外れてしまうとどうにもならんからなぁ……」
 ラエンは頭を掻いた。
「そんなわけで、お前達の力が借りたい。分け前は、俺たちとお前らが半々ってことでどうだ?」
「フィフティ・フィフティねぇ……」
 赤毛の戦士は横を見てこちら側の人数を数えた。
 フィップ、ダルス、そしてこれはおまけであるがソロー。自分を含めて四人である。この場にいないローゼンやダッシュを含めると、一人頭の取り分はますます少なくなってしまう。
「ちょっとそれはなぁ……人数割りにしようぜ」
「おいおい、そりゃいくらなんでも酷いだろう。俺たちは二人なんだぜ。それもこれ以上人数が増える可能性はない。子供でもできりゃ話は別だが……」
 ラエンの後頭部で鈍い音が鳴った。
「……と、とにかくだ。譲れても、現状維持での人数割りまでだな。おっと、もちろんソローは頭数にいれんぞ」
「ラエンっ!」
 机を叩いて、ヴァトルダーが立ち上がった。
「ソローだって一人の人間なんだぞ! それをお前、子供だからって度外視して……大人として、いやそれ以前に人間として、恥ずかしいと思わないのかっ!!」
「思わん。ソローははっきり言って戦力外だからな」
 正論を突きつけられて、口をぱくぱくさせるヴァトルダー。どうやらそれ以上の言葉は用意していなかったらしい。
「じゃ、そういうことで取り分は2:3だ。文句はないな?」
 ヴァトルダー達とて、こんなおいしい話をみすみす逃すことができようはずもなく、渋々頷いた。それでなくとも、(分相応の)『仕事』がめっきり少なくなっているのだ。ローゼンやダッシュのように確固たる生活基盤を持たない彼らにとって、宿り木だったティグ亡き今、この仕事を見過ごすことは死活問題に関わってくる。
「ようし決まりだ。それじゃ、この契約書にサインしてもらおうかな」
「え〜、僕たちに相手に契約書なんか書かせるわけ?」
「こいつぁビジネスだからな」
 その辺の線引きは、ネットワーク支部長時代にどうにか身につけていたらしい。
「出立は早い方がいいな。明後日にはオランを発つことにしよう。ローゼン達を誘うなら、それまでに話をつけといてくれよ」
「ああ、わかった……」
 書き上がった契約書を手に、ラエンとリーハは引き上げていった。腕を組み合ってという辺りがいかにも見せつけているようで(主にラエン)、以前彼女に食指を動かしかけていたヴァトルダーとしては許せない話だ。
「ねえヴァトルダー、やっぱローゼンも誘う?」
「ん? そりゃあここで仲間外れにしたら、あいつに恨まれるだろ? 取り分が減るのは痛いけどな。ダルスもそれで文句ないな?」
 エルフは、肯定もしなければ否定もしなかった。ただ黙ってヴァトルダーの顔を見るばかりである。
 その視線に耐えかね、ヴァトルダーはついと視線を逸らした。
「ひょひょひょっ……わしから目を逸らしたな? それこそ、心に疚しいところがある何よりの証拠ぢゃっ!」
「全然脈絡のない会話をするなぁっ!!」
 手甲の装備された手で殴られ、首から上が150度ほど右へねじ曲がるダルス。
「ひょっひょっ……口で叶わぬと悟り、実力行使……若いのぉ……」
「もういい……お前相手にしてると、頭が痛くなってくる……」
 赤毛の戦士はフィップの首を猫のようにひょいと摘み上げると、額の辺りを押さえてその店を出ていった。
「こりゃ、何とか言うたらどうぢゃヴァトルダー……ん? どこへ行きおった?」

 『沈黙の巨人』亭に戻った二人を待っていたのは、見知らぬ男女と話し合うローゼンだった。その横でパン切れを手に頷いていたダッシュが、入ってきた彼らに気付き片手を上げた。
「久しぶりじゃないか、ダッシュ」
「うむ。ちょうどいいところに帰ってきたの、二人とも……と、ダルスの姿が見えぬようじゃが……?」
「え? ああ、あいつの事ぁいい。放っておけばそのうち帰ってくるだろ」
 と無責任に言うヴァトルダー。
「そうか。いや何、仕事の話じゃから、一緒におった方がいいと思っての」
「ああなるほど、仕事ね──」
 軽く頷きかけてから、彼は問い直した。
「し、仕事だぁ?!」
「うむ。そこにおるお二人が持ってきたんじゃ。何でもティグさんの、昔の冒険者仲間だったそうじゃよ」
「くう……バッド・タイミング……」
「そだね……」
 ヴァトルダーとフィップが二人して顔を見合わせ、やるせないため息をつく。そんな二人を不思議そうに見上げるダッシュ。
「なんじゃい? 久しぶりの仕事が、そんなに不満か?」
「いや〜、そうじゃなくてだな。俺たちも仕事を受けてきたんだよ……たった今」
 惚けた顔で二人を交互に見るドワーフ。彼にも事態が理解できたようだ。
「そいつは困ったのう……お〜いローゼン、ちょっとややこしいことになりおったぞ」
「ん〜?」
 それまで一人で交渉を進めていたローゼンが顔だけをこちらに向け、ヴァトルダー達を視界に留めて右手を挙げた。吊られてヴァトルダー達も手を挙げ、挨拶を返す。
「で、ややこしいことってなんだ? こっちはもう、契約成立したぞ」
「ぬお」
 思わず呻き声を上げるダッシュ。まさかこれほど早く話をまとめ上げるとは思っていなかったと見える。
「それがのう、ヴァトルダーも別口で仕事を取ってきたようなんじゃ」
「何ぃ?!」
 椅子から身を乗り出し、そのまま前のめりに床に倒れるローゼン。
「いてて……それでヴァトルダー、そっちはどんな内容なんだ? たぶん、こっちほど良い条件じゃあないと思うんだが」
「そうか? かなりいいとは思うんだが……」
 お互いの契約書控えを交換して内容を確認する。
「う……これは……」
「甲乙つけ難いな……あらゆる意味で」
 二人の受けたいずれの依頼も、結局のところは遺跡荒らし……もとい探索だった。ただ最終目標は異なっている。ヴァトルダーの受けた依頼──つまりラエンの持ち込んだ方だ──では古代カストゥールの知的遺産であり、ローゼンのそれは伝説の魔法剣だった。一見すれば、難易度といい報酬の不確実性といい、差異はほとんど見受けられない。
「俺としては、むしろこっちの仕事の方に惹かれるよなぁ」
 自らも魔法剣の所有者であるヴァトルダーはこう呟いて、契約書控えをローゼンに返した。
「しかし困ったな……これじゃどちらか一つの依頼に絞るなんてできそうにないぞ」
「ラエンやティグさんへの義理もあるから、余計になぁ。……とそうだヴァトルダー、紹介しておくよ」
 ファリス司祭は思い出したように、先ほどから黙ってやり取りを聞いていた依頼人を振り返った。
「こちらが、ラドリック……え〜と……」
「ラドリック・アルーズ・バードン。以後よろしく頼む……」
 名前をど忘れしてしまったローゼンに代わり名乗って、彼は胸元に右手をやりお辞儀してみせた。
 長身で紳士然としており、さらに低めの渋い声の持ち主ときている。ティグの仲間だったことからもわかる通り年齢的には少なくともヴァトルダー近くは生きていそうだが、返ってその年輪すらも彼という存在に磨きをかけていた。これまでに何人もの女を虜にしたのは明白であり、ことその方面では名うての“美女殺し”セダルにもひけを取らない──どころか、年齢差でむしろ勝ってすらいる。ヴァトルダーなどはまるでお呼びでない。
「ふえぇ、かっこいい人だねぇ。ねえソローちゃん」
「ホントねえ。なんでパパとこうも違うのかしら」
 胸の奥までナイフを突き立てられるヴァトルダー。
「で、もう一人は──」
「キリス・コンフリーよ☆ よろしくね、ヴァトルダー君」
 軽やかな足取りで歩み寄り、ヴァトルダーの顎にそっと手をあてがう。こういうシチュエーションには慣れている彼でさえ、思わず息を呑んだ。
「やめないか、キリス。誰彼構わず手を出そうとするのは、お前の悪い癖だ」
「や〜ねえ、冗談よ冗談」
 手を振って笑うキリス。その耳は人間のそれと違いピンと尖っている。ヴァトルダーのパーティでこの特徴を持っている者と言えばダルス一人。彼と同族扱いするのは甚だ失礼だとは思うが、彼女も歴としたエルフなのである。
「クレインに助力を乞うつもり──だったんだが、まさかこんなことになっていたとは思わなかった。あのクレインがなあ……」
 テーブルに片手をついて寂しげな表情を見せるラドリック。絵になる。
「まったく、次から次へと私に断りもなく死んでいく……」
「そういうラドリックだって、いつかはあたしより先に逝っちゃうんでしょ。残される身にもなってほしいわ」
 冗談めかして言ってはいるが、紛れもない真実である。これはヴァトルダー・パーティにおけるダルスやフィップについても当てはまるわけで、まったく他人事ではない。
「ヴァトルダー、お前達の方はバランスが取れているよな?」
「え? そうだなぁ……俺とラエン、リーハさんにダルスにフィップ……確かに十分な構成ではあるな」
「だろ?」
 頷いて、ローゼンは立ち上がった。
「それじゃ、そういうことで俺たちはこっちの依頼を受けることにするよ。そっちはそっちでラエンの方を手伝ってやってくれ。この期に及んで、一方だけ顔を立てるなんてのは不可能だしな」
「……パーティ分割ねぇ……たまには、新鮮で面白いかもしれんな」
 パーティ・リーダーもこの案を承諾した。
「ようし! じゃあそれでいってみるか!」

「あのぉ、それで──」
 にこにこと顔から笑みは絶やさずに、自分を呼び出した男に尋ねる。
「なんであたしが、ここに呼ばれたんでしょう?」
「ん〜、いい質問だね、シルクさん」
 なぜかマドラーを手に答えるヴァトルダー。
「それはね、今度の旅の連れに女っ気が欲しいからだよ」
「……帰ります」
「ああっ、ちょっと待って〜」
 と言いながら、どさくさに紛れて彼女の腰の辺りを触る。
「きゃああっ!!」
 悲鳴を上げて、テーブルの上にあったグラスを片っ端から戦士の頭で叩き割るシルク。一つ、二つ、三つ……ヴァトルダーの頭はその破片と鮮血とでキラキラと輝いた。
「し、シルクさん、許して〜……俺、もう離してるのにぃ……」
 蚊の鳴くようなその声で、ようやく彼女は正気に戻った。と、その場のあまりの惨状に息を呑む。
「ああっ、ごめんなさいヴァトルダーさん! あんまりいきなりだったから、あたしつい……」
 彼女の回復魔法で、ヴァトルダーは危うく一命を取り留めた。
「実はシルクさん……もう一つ、理由があるんだよ」
「もう一つ?」
 頭についた破片をテーブルの上に払いながら、赤毛の戦士が頷く。
「そう。君の敬愛するリーハさんについてだ」
「リーハさんについて?!」
 身を乗り出すシルク。勝ったなと、ヴァトルダーは思った。
「この間の麻薬事件以来、全然お会いしてなくて……いったいどうなさっているんですか?」
「うん、それが大変なことになっているんだ」
 と、さももっともらしく腕を組むヴァトルダー。
「実は彼女、今現在『野獣』との交際を余儀なくされているのだ」
「野獣……」
 シルクの頭の中でリーハの周りにいた人間の検索が始まり、すぐに答えが弾き出された。
「もしかして、ラエンさん……」
「うん……非常に残念ながら、その通りだ」
 沈痛な面持ちで頷く。なかなかの役者ぶりである。
「いやあぁっ! なんであの人と……」
 叫んでからふと我に返り、
「あ、いえ……別にラエンさんがいけないってわけじゃないんですけど、その、交際相手としては……」
「そうだろうそうだろう」
 相槌を入れてみせるヴァトルダー。
「さあ、シルクさん! リーハさんを助けたいとは思わないか?」
「もちろんですっ!」
「よしっ! それじゃあ、俺たちの旅についてくるね?」
「え……そ、それは……」
「旅の中で機会を見つけ、『野獣』を倒し、リーハさんを救うんだ! さあ、イエスかノーか?!」
「い……イエス!」
 一気に畳みかけるヴァトルダーの勢いに吊られ、彼女は思わず頷いてしまった。こうなってしまってはもう後戻りできない。完全なヴァトルダーの作戦勝ちである。
「よし、それじゃあこの契約書にサインしてね〜」
「け、契約書ですか?」
「うん。最近俺たちの間で結構流行ってるんだよ、これ。まあ形式的なもんだから」
 契約書はただ『ラエン・バームの遺跡探索に同行する。契約違反の場合には、どんな罰をも厭いません」とのみ書かれている。シルクはヴァトルダーの「形式的」という言葉を鵜呑みにし、そこに署名してしまった。
「オーケー、これでシルクさんも旅の一員だ。共に頑張ってラエンの野望を阻止しよう!!」
「はいっ!」
 ヴァトルダーが腹の底で笑っているのにも気付かず、彼女は元気よく返事した。

 二日後の朝、オランの関所で別れを惜しむ一団の姿があった。
「じゃあな、ヴァトルダー。リーハさんに手なんか出すなよ」
「当然! そんなことしたら、俺が命を落としかねん」
 即答した戦士の後ろで、ラエンが鋭い目を光らせている。戦士としての能力は大差ないはずだが、無傷で勝てる相手とはとても思えない。しかも今回は回復要員がリーハ一人しかいない分、下手に彼女に手を出すとそれが非常時の命取りになりかねないときている。
「ところで、気になってしょうがないんだが……」
「ん?」
「なんで彼女がいるんだよ」
 ローゼンが目で指した先では、シルクが何かを探すようにきょときょと周りを見回していた。
「ああ……シルクさんにも同行してもらうことにしたんだよ。リーハさんにもしものことがあった時、他に神官がいないと大変だろ?」
「ふうん……」
 それ以上問い詰めるでもなく、ローゼンは彼を解放した。代わってヴァトルダーに近づき話しかけたのはシルクである。
「ヴァトルダーさん。ラエンさん、どこにもいないんですけど……」
「え? ああシルクさん、長い間ラエンと会ってないんだよな。ラエンならほら、あそこに……」
 彼が指さしたのは、グレートソードを背中に背負った大男である。
 しかしシルクの知るラエンではない。彼女が知っているのは、顔中髭だらけで髪を無造作に伸ばしていて──
「違いますっ!」
 きっぱり断じた彼女の言葉に、居合わせた一同が振り向いた。
「あたしの知ってるラエンさんは、もっとこう、むさっ苦しくて、なんかこう……女性の敵みたいな、そんな人ですっ!」
「悪かったな」
 これにはさすがに憮然として、ラエン。
「こんなすっきりとした、その……かっこいい人じゃないですっ! 本物のラエンさんはどこですか?!」
「いや、だから俺がそのラエンだってば……」
 貶されたり褒められたりで、取るべき表情に困りながら訴える。
「そんなはずないですっ!」
「本当よ、シルク。これでもラエンなの」
 リーハの言葉がシルクの頭に反響する。彼女の中で、何かが音を立てて崩れていった。
「それじゃ……ヴァトルダーさんが言ったのは……」
「え? 俺、なんか変なこと言ったっけ?」
 空とぼけた口調でヴァトルダー。
「リーハさんがラエンと付き合ってる……言い方はともかく、嘘は言ってないぜ」
「ええええ……そんなぁ!」
 頭を抱えた彼女は、次の瞬間180度転身した。
「帰ります」
「ちょっと待った」
「止めたって無駄ですよ。リーハさんが不本意で付き合ってるわけじゃないことがわかったのに、これ以上ここにいる義務なんかありません」
「ところがあるんだな。はいこれ」
 ヴァトルダーは背負い袋の一番上に入れておいた紙を取り出すと、ピッと彼女に突きつけた。
「契約は、ちゃ〜んと守ってもらうよん」
「そ、それは……ヴァトルダーさんの言ったことが嘘だったんだから、無効でしょ!」
「さて、何の事やら。契約書には、ただ『ラエンに同行する』ことしか書いてないもんね〜」
「ず、ずるいですぅ……」
 ふるふると涙を滲ませるシルク。
「ちょっと見せてみ。……あ〜、こいつはちゃんとした公文書だなぁ。書式も問題ないし」
「本当ね。作成経緯に問題がありそうな気はするけど……」
 ヴァトルダーお手製の契約書を覗き込み、品評するラエンとリーハ。これでシルクの処遇は決まった。
「ま、『契約』しちまったんじゃしょうがないわな。それにこの契約内容じゃ、同行しないって言った途端、ヴァトルダーが何を吹っ掛けるかわからんぜ。例えば『一晩付き合え』とか……」
「ふえええん!!」
「ちょっとラエン、シルクを泣かさないでよ!」
「おっと悪い……つい、いつものペースでものを言っちまった」
 頭を掻くラエン。
「とまあそういうわけでシルクさん! 諦めて、キリキリついてきてもらおうか!」
 意気揚々と先頭切って歩き出すヴァトルダーから20歩ほど遅れて、リーハに宥められながらとぼとぼとついていくシルク。後ろ姿がかなり不憫である。
「可哀想に……」
「まったくじゃ。無茶苦茶しよるのう、ヴァトルダーめ……」
 オラン残留組のローゼンとダッシュは一頻りシルクを憐れんだ後、自分たちも旅支度すべく市街へと引き返していった。
「さ〜、気合い入れていってみようか!」
 東の空を目指す総勢七人の旅が、今始まる。


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