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エンカウンター ──出会い──

 その日オランでは、無名の冒険者二人が隊商護衛の依頼を受けようとしていた。
 冒険者の一人、赤毛の戦士は名をヴァトルダーという。将来はあらゆる意味で名を馳せる彼も、今はまだ無名な一介の冒険者に過ぎない。
 もう一人、金髪のファリス神官はローゼン・スレードといった。
 元々面識はなかった二人だが、冒険者として旗揚げしたのが同じ日の同じ場所だったことが幸い(災いか?)し、これまでは協力して仕事をこなしてきている。
「君たちかね、依頼を受けてくれた冒険者というのは」
 『冒険者の店』の主人より手渡された紹介状を見せると、依頼主は小首を傾げて尋ねた。
「はい、そうです」
「そうか。わしが依頼したブールじゃ、よろしく頼む」
 中年の男は頷きながらも、釈然としない様子で言葉を続ける。
「ところで……ここには『二名』と書いてあるんだが……」
「……は?」
 ヴァトルダーとローゼンは顔を見合わせて……それから、自分たちの後方に得体の知れない物体の存在を確認した。
「ひょっひょっひょっ……」
『………………』
 その生物の、喜怒哀楽どの感情を表しているのか想像もつかない奇声に、二人は言葉をなくした。
「……おいヴァトルダー。このエルフは、お前の知り合いか?」」
「失敬な。俺だって少しは『人間性』ってものを考えて友人を選ぶぞ」
「まあいい。護衛は多い方がいいからな」
 状況を把握できていない依頼主の下した結論は、ローゼンとヴァトルダーにとって不幸以外の何者でもなかった。より正しくは『不幸の始まり』だ。
「ちょ、ちょっと待てっ! 俺たちはこんな変人の……」
「ひょっひょっ。ワシの名はダルスぢゃ。よろしく頼むぞ」
 ローゼンの言葉を遮って、そのエルフは馴れ馴れしく二人の肩を叩く。
「ちなみにわしは古代語魔法が使えるのぢゃ。ラッキーぢゃのう、お主達。ひょっひょっひ……」
「馴れ馴れしく肩に触るなぁっ!!」
 期せずして、二人の拳は同時にダルスの両頬を捉えた。

 場所は変わって、オランから南へ下ること数日の距離にあるブラード。
 その夜、宿屋兼酒場『憩いの切り株』亭は、いつになく客の入りが悪かった。普段であれば十人はざらにいるはずのその場には、わずか二人の客と、そして店の主人がいるだけである。
 食器の立てる音のみに支配されたその空間で、食事を終えた一人がもう一人の客に近づいていった。
 薄い本を読みながら口に料理を運んでいた少年は、前の椅子が音を立てたのに気付いた。顔を上げると、そこには椅子を指さして立っている、自分より若干背の高い──ということは、人間にしては背の低い──少年の姿があった。
「ここ、いいかな?」
「え……あ、うん」
 不意に尋ねられて、本を読んでいた少年は一瞬口ごもったもののすぐに頷き、手に持っていた本をパタンと閉じた。
「君、人間じゃないよね? エルフ?」
「ううん、グラスランナーだよ。名前はフィップ」
「へえ、グラスランナーか……話に聞いたことはあったけど、初めて見たよ」
 利発そうな少年は興味津々といった様子でそのグラスランナーを上から下まで眺め、相手の訝しげな視線で思い出したように頭を掻く。
「ごめんごめん、まだ僕、名乗ってなかったね。僕の名前はパーミック……皆は省略してポムって呼んでる。ここの近くのパスタムの村出身さ」
「パスタム……聞いたことない」
「はは、小さな村だからね。たぶん地図にも載ってないんじゃないかなあ」
 ポムと名乗ったその少年は口許を押さえて静かに笑った。
「母さんが病気になっちゃってね、オランへ薬を買いに行く所なんだよ」
「お母さん、病気なんだ。大変だねぇ」
 フィップの頭に、ベッドに伏せて咳き込む女性の姿──絵物語の挿し絵に出てくるような光景──がポンと浮かんだ。しかし種族特有の性格のせいか、少なくとも表面上は気に留めていない様子である。
「僕は単に宛もなくふらふらしてるだけ……なんか面白いこと、ないかなぁ」
「う〜ん……面白いかどうかはわからないけど……」
 首を傾げ、ポムが提案する。
「よかったら、僕と一緒にオランへ行ってみない? 大きな都市だから、きっと何かあると思うよ」
「どうしよっかなぁ……」
 少し思案して答えようとしたその時、パタンと音を立てて扉が開き、ずんぐりとした背の低い髭面男が中へ入ってきた。こちらも妖精族だが、その姿はどう転んでもエルフと間違えようがない。
「ドワーフさんだ。今日はつくづく、妖精族の人に縁がある日だなぁ……」
 オランであればさして珍しくもない──というか在り来たりの出来事だ。しかし山奥の村から出てきたばかりのポムには衝撃的なことと言える。彼と異種族とのコンタクトは、幼少期に森の中で女エルフと出会った、ただ一度きりなのである。
「なんじゃ、随分閑散としておるのう。マスター、うまいものを適当に二人前頼む」
「うちの料理はどれもうまいもんばかりだよ」
 冗談めかして主人は答え、差し当たっての料理として奥からシチューとパン切れを運んできた。
「なるほど……これはうまい」
 シチューを口に含むなり、ドワーフは目を細めて言った。主人の言った通り、彼の肥えた舌を満足させるに足る味だったわけだ。
 五分後、パンとシチューを平らげて人心地ついた彼は、ようやく自分を見つめる視線に気が付いた。
「なんじゃい、お主ら。わしの顔に何かついておるか?」
「あ、いえ、そういうわけじゃ……ただ、一緒にお話しできたらなと思って」
「おお、そうかそうか。わしの話を聞きたいのか」
 ドワーフは髭の下でにんまりと笑った。その瞬間、ポム達二人は何か触れてはならないものに触れてしまった感覚にとらわれたという。
 結局、宿の火は一晩中消えなかった。二人はドワーフ──名をダッシュという──の、気の遠くなるような話に延々付き合わされたのである。その内容は、彼が父や叔父から伝え聞いた冒険譚の数々であった。

「のうポムとやら。本当に冒険者になる気はないのか?」
 麗らかな春の日の中、オランへと続く街道でダッシュは尋ねた。ブラードを発った一昨日から数えて、これで三度目の台詞である。
「母の病気が治ったあと、ですか?」
「うむ」
 先頭を歩きながら、鷹揚に頷くダッシュ。
「何とも言えないですね……。とにかく今は、薬を買うこと以外考えてないんですよ」
「ふむ、模範解答といったところじゃな」
 試験の面接官よろしく呟いて、肩を竦める。
「話は変わるがお主、金はどの程度持ってきておる?」
「え? 1000ガメルですけど」
 世間知らずの少年は、聞かれてあっさり答えた。
「……聞いておいてこういうのもなんじゃが、見知らぬ人物にほいほいと所持金を漏らさん方がいいな。
 それはそれとして、薬はそう安いものではないらしいぞ。これはマティキ叔父から聞いた話じゃが、例えば『ヘンルーダ』なる薬草は、千や二千では買えんそうじゃ」
「へぇ?!」
 ポムが素っ頓狂な声を上げる。
「困ったな……そんなにお金、持ってないのに……どうしよう」
「簡単なこと。冒険者になればいいんじゃよ」
 しれっと答えるドワーフ。
「あはは、結局それが言いたかったんだね、ダッシュ」
 「妖精族」という共通点が幸いしたのか、フィップはこの髭面のドワーフとすっかり打ち解けていた(しかし一説によると、やはり同じく妖精族同士のドワーフとエルフは仲が悪いらしい)。今や、ともにオランで冒険者として旗揚げしようと約束を交わした仲である──つまりフィップは、ダッシュの甘言にすっかり惹かれてしまったということだ──。
「冒険者はいいぞ。規律に縛られることもなく、気の赴くままに冒険を続ける。そしていつかは富と栄誉を得るんじゃ。叔父が言っておった……」
 以前聞いた話を思い出して、輝く未来への期待に胸躍らせるダッシュ。
 マティキというドワーフとダッシュは、血縁関係にあるわけではない。マティキと、ダッシュの父クスキとは義兄弟であった。そしてまた、冒険者仲間でもあった。
 ダッシュには父の記憶というものがほとんどない。その代わりというわけではないが、彼は父に似た空気を持つ叔父マティキにその影を見出していた。
 冒険者として成功を収めた叔父をダッシュは尊敬し、また目指しているのである。
「のうポム、わしらと冒険者にならんか? 普通の仕事をして稼ぐよりは、よっぽど割がよいぞ」
 嘘ではないが、冒険者が『命』を担保に入れていることを忘れてはいけない。
「……わかりました、わかりましたよ。それじゃ、母さんの薬を稼ぐまではお付き合いします」
「うむっ、そうか!」
 力強く、ポムの手を握りしめる。
 言うまでもなく、心の中では『よし、これで二人』とほくそ笑んでいる。
「……あれ? ねえ、あれ、なんだろう?」
 フィップが街道の彼方を指さした。手を握りあった二人は視線を転じ、目を凝らす。
 馬車らしきものがもうもうと煙を巻き上げ、尋常ならざる速さで近づいてきていた。
「……なんじゃ、あれは?」
「馬車だと思うけど……人間世界って、あんな速度で馬車を走らせることがあるんだねぇ。僕、知らなかったよ」
 それは誤解というものである。
「何にせよ、このままでは危険そうじゃ。街道から外れた方がいいじゃろう」
「ええ、そうですね」
 ──そして三人の冒険者候補が見守る中、暴走馬車は凄まじい速度で走り抜けていった。

「げほっ、げほっ……ど、どうしてくれるんだっ!」
 遙か遠くに霞む馬車を指さし、息を切らせながら依頼人ブールが罵声を叩き付ける。こちらも息を切らせたヴァトルダーとローゼンは、平身低頭してひたすら謝っている。
 何しろ、二人同時に用を足しにいっている間に馬車が乗っ取られたのだから、ブールが怒るのも無理はない。
「のひょひょひょひょ……見事にやられてしまったのぉ」
 全力で馬車の後を追いかけたブールら三人から数分遅れて、自称エルフのダルスがのたのたと追いついてきた。
「……あっ、そう言えばお前、馬車の側に残ってたんじゃないのか?! どうして山賊を捕らえなかったんだ!」
 ローゼンの指摘に、ダルスは臆面もなくこう言ってのけた。
「<スリープ・クラウド>をかけたんぢゃが、誰も眠ってくれなくてのう。こりゃ叶わんと判断して、逃げたんぢゃ。ほれ、こういう格言があるぢゃろう? 『いかに綺麗事を並べたところで、最後に可愛いのはやはり自分』──」
 次の瞬間、依頼人も含めた三人の手で殺されかけたのは言うまでもない。
「なんてふざけたやつだ! 俺でもそこまで無責任なことはしないぞ!」
 ダルスを殴りつつ放たれたヴァトルダーの言葉に、一ヶ月間行動を共にしていたローゼンは思うところがあった。
 ──一週間前、ある男の素行調査を請け負った時のことだ。
 夜、ローゼンはヴァトルダーと二人、いかがわしい場所へ向かった男を尾行していた。しかしふと気付くと、先ほどまで横にいたはずの男が忽然と消えていたのである。歓楽街の横を通り過ぎた際、いずれかの店に引っかかったのであろうことは容易に想像がついた。
 幸いローゼン一人で依頼を片付けられたからよかったようなものの、「こいつ(ヴァトルダー)にこそ、素行調査が必要なんじゃないか?」と、その時彼は心底思ったものだ──。
 いい機会だからそのことを指摘してやろうかと考えたのだが、依頼人の手前、それを口にすることは憚られた。ただでさえどん底状態にある心証を、これ以上悪くしてしまうのはまずかろう。
「と……とにかくブールさん、馬車は我々が何としてでも取り返しますので……」
「当たり前じゃ! もしこのままなくなるような事になったら、積んであった荷物の代金も含めて、全額弁償してもらうからな!」
「は、はい……」
 頷きながらも、頭に浮かんだ不安を一応口にしてみる。
「ところで……もし仮に弁償するとして、どれぐらいの金額になるんでしょう?」
「そうさな。ざっと5万ガメル、だ」
 これは彼らを発憤させるに十分過ぎる金額であった。『実際にこれだけの借金を背負わされると首吊りもんなので、発憤せざるを得ない』という方がより正しい。
「あのう……どうかなさったんですか?」
『う、うおっ?!』
 蒼白な顔を付き合わせている所へ何の前振りもなく声を掛けられ、驚きの声を上げる三人(プラス一人)。
「す、すいません、驚かせるつもりはなかったんですが……」
 ブールは声をかけてきた一行をまじまじと見た。人間の少年が一人と、妖精族が二人。うち一人は見紛う事なきドワーフだ。話しかけてきたのは人間の少年である。
 きっと冒険者に違いない。人生経験の豊富な彼は、直感的にそう判断した。
「実は、山賊に馬車を奪われてしまってな。途方に暮れていた所なのだ」
「ああ、さっきの暴走馬車……」
 妖精族のうち、ドワーフでない方がパチンと指を鳴らす。
「君たち。頼む、何とかあの馬車を取り戻してくれんかね? 報酬は弾むぞ」
 報酬と聞いて、ドワーフ──言うまでもなくダッシュ──の目が爛々と輝いた。オランに着く前から依頼に恵まれるとは、何と幸先のいいことか。
「わしらにお任せを。……して、具体的にはいかほど戴けるのかな?」
「そうだな、無事取り戻してくれれば、5000ガメル出そう」
『ぬぁにぃ?!』
 素っ頓狂な声を上げたのは、ダッシュ達でなくヴァトルダーの方だった。
「どういうことだ、ブールさん! 俺たちの報酬より多いじゃないか!」
「まんまと山賊にしてやられておいて、何を言う。文句を言う暇があったら、この方達に協力して馬車を取り戻してこんか!」
「ぐっ……」
 馬車を取られたという負い目がなければ迷わず殴っていたところだが、ヴァトルダーにも多少の分別はあった。
「わしはこのまま歩いてブラードへ向かう。向こうへ着いてから3日以内に馬車を取り戻してこなければ、詰め所に訴え出るからな!」

「ふん、まったく馬鹿な奴らだぜ」
 山賊の台詞かと思いきや、歴としたヴァトルダーの言葉である。
 ブラード方向へ突き進む(ダッシュ達にとっては『引き返す』だが)こと四半日、日が西へ沈みかけた頃、彼らは街道の脇に乗り捨てられた馬車を発見した。
 積んであった商品のいくらかは無事だったか、それはいずれも『重量の割に金銭的価値が低い』ものばかりだった。言い換えれば『軽い金目のもの』がごっそりやられたことになる。
「……ということは、山賊のアジトがこの辺にあるってことですよね」
 状況から、ポムは冷静にそう判断を下した。
 カモフラージュのためにいくらかはアジトから離れたところに乗り捨てているだろうが、それでもまるでかけ離れた場所であるはずはない。そんなことをしても、(お宝を運ぶ)自分たちの首を絞めるだけである。
「問題は、どっちに言ったかだよな……」
「そうですね。勘に頼るわけにはいきませんけど、かといって手がかりはありませんし……」
 山賊もまったくのおバカさんではないと見えて、街道を往く人波が途切れたところを見計らって馬車を乗り捨てたらしい。すれ違う旅人に片っ端から尋ねたところ、ある時点を境に『(普通に)走る馬車を見た人』と『乗り捨てられた馬車を見た人』に分かれていた。
「おいちび、さっきから何やってるんだ?」
 松明を手に馬車の周囲をうろうろしていたフィップが、馬車の陰から不満そうな顔を覗かせる。
「ちびじゃないよ、フィップ。さっき教えたじゃん、赤毛のおっちゃん」
「おっ……」
「落ち着け、ヴァトルダー。子供の言うことだ」
 ふるふると右腕を振り上げたヴァトルダーの肩を、ポンポンと叩いて宥めるローゼン。
「足跡を調べてたんだよ。山賊が逃げたの、たぶんあっち」
 そう言って、グラスランナーの少年は北東を指さした。
「何? そんなことがわかるのか?」
「まあ、これが僕の特技……だからねえ」
 幾分得意げに胸を反らせる。
「本当かどうかは怪しいが……」
「他に手がかりもありませんからね。彼を信じましょうよ、ヴァトルダーさん」
「あ……ああ」
 意外なことに、ヴァトルダーは素直に頷いた。自分と同類に属する相手へ対してはとことん強気なヴァトルダーだが、ポムのように純粋な人間にはなぜか引け目を感じてしまうのだ。ちゃらんぽらん人間の悲しい性である。
「しかし、松明をつけていくと向こうに気付かれるな。どうする?」
「今夜は月も明るい。松明なしでも、辿り着けんことはなかろう」
 消えた太陽に代わって輝き出した月を見上げ、ダッシュがもっともな意見を述べる。
 結局一行は月明かりを頼りに北東へ進み──小一時間ほど後、山賊のアジトと思しき洞窟を発見することになる。

「ふはははは〜っ! 弱い、弱すぎるぞっ!!」
 グレート・ソードを握りしめ、ヴァトルダーが喜々として山賊をなぎ倒していく。
 アジトを発見したら、一旦そこで方策を話し合い、立てた作戦に従い山賊を襲撃する……一流冒険者を目指すダッシュの構想は、ただ一人の戦士によって脆くも崩れ去った。
 ブールに揶揄された鬱憤が赤毛の戦士の判断力を鈍らせたのか。否、そうではない。
 定石通り、先手必勝とばかりに眼中に入った敵へ斬りかかっただけの話である。ただ、その定石は彼の中でのみ通じるものであったが。さすがは、暴走戦士の名に恥じない判断だ。
 ──お解りとは思うが、決して褒めているわけではない。
「ええい、こうなってしまってはどうにもならん。わしらも行くぞ!」
 その言葉にローゼンとフィップが呼応し、ダッシュも含めて三人が戦列に加わる。それでもう、戦局はほぼ決まってしまった。
「なんか、精霊の力を借りるまでもないみたいだなあ……」
 視界の向こうで親玉と思しき人物がタコ殴りにされているのを見て、ポムは頬をポリポリと掻いた。もっとも、むやみに他人を傷つけるのは彼の本意でないから、内心では安堵の息を漏らしている。
 そう言えばと、横で同じように待機しているダルスの方へ視線を向けた。
 変態エルフは焦点の定まらぬ目で、怪しげに動き回っていた。一見すると踊っているようにも見える。
 純真な少年は一瞬考え込んだ後、何事もなかったように戦場へ視線を戻した。脆弱そうな見かけに寄らず、根性の方はしっかりしているようである。──ただ単に、状況を把握できなかっただけかも知れないが。
「か、金ならいくらでも出す! 命だけは助けてくれ!」
 周りに累々と築かれた手下の屍を見、また自身も浅くはない傷を負わされて、山賊の頭は震えながら懇願した。
 ヴァトルダーは腕の傷から噴き出す血を乱暴に拭った後、しゃがみ込んで山賊頭にその顔を近づける。
「……オーケーオーケー。で、いくら出せるんだ?」
 直後、後頭部にローゼンの蹴りが入れられた。
「なっ……何しやがる!」
「やかましい。山賊と同類にまで堕ちる気か、お前は」
 かなりの金が手に入れられそうなのに、とヴァトルダーは抗議しかけたが、周りに並ぶ仲間──とりわけポム──の視線が一様に否定的なことに気付き、あっさり諦めた。
「官憲に突き出すのが一番妥当かな?」
「うむ、それがよかろう。そうしておけば、後腐れもなさそうじゃし」
 二人のやり取りを聞いて、親玉の青白い顔がさらに白くなる。
「ちょ、ちょっと待て! そんなことされちまったら、間違いなく殺されちまう!」
「知らんな」
 腐ってもファリス神官、根っからの悪党には容赦がない。ローゼンは冷徹に言い放つと、これ以上の議論は無駄とばかりに山賊頭へ猿ぐつわを噛ませ、ロープで縛り上げた。

 二日後。
 山賊のアジトでは、ブラードから派遣された官憲による『財宝の回収作業』が行われていた。その中には、ヴァトルダー達功労者と依頼人ブールの姿もあった。
「ともかく、積み荷が戻ってきてよかった。これは約束の報酬じゃ。こっちの三人の分も入っておる」
 ブールは懐から小袋を取り出し、ヴァトルダー達を指さしてから、それをダッシュに手渡した。
「おい、ブールさん。リーダーは俺だぞ」
「何を言うか。お前らだけじゃ、どうせ解決できんかったのではないか? 実力あるものこそリーダー、それじゃろう、ん?」
「くっ……」
「よせ、ヴァトルダー。俺が言うのもなんだが、事実だ」
 沈痛な面持ちで、ローゼンが相棒の肩を叩く。
「それに今回は、官憲から予定外の報酬も貰えたじゃないか。それでよしとしよう、な?」
「ま……まあな」
 ブールの報酬と比べれば半分程度だが、それでも彼らにすれば相当な金額である。
「これでこの依頼は完遂、と。さて、今後のことじゃが……」
 『ダッシュ組』リーダーが、『ヴァトルダー組』の大将に問うた。
「リーダーは俺! ということで構わないなら……」
「……よかろう。お主がリーダーじゃ」
 ヴァトルダーという男をリーダーにした結果負うことになるリスクと、彼ら二人が持つ戦力とを秤に掛け──ダッシュは、親指を立ててみせた。

 かくして、ヴァトルダーをリーダーとするパーティが成立する。
 このしばらく後、一行は『変態エルフ』もなし崩し的にパーティへ組み入れられたことを知って愕然とする──だが、依頼の達成に浮かれている今の彼らにそこまで気を回す余裕はないのだった。


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