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魔術師の王国

 不本意ながら追われる身となったヴァトルダーは、仲間を巻き込んで旅路を重ね、最終的に問題のロマールの北部に位置するベルダインで腰を落ち着けた。
 オランへ置いてきたダッシュの存在など完全に忘れ去られ、瞬く間に二ヶ月が過ぎ去って……

魔術師現る!

 追われる身となったヴァトルダーは、某所にひっそりと佇むほったて小屋に隠れ住んでいた。
 トントン。
 ドアを叩く音に彼は身を震わせ、剣の柄に手をかけると大声で怒鳴りつけた。
ヴァトルダー「誰だ!」
ローゼン「俺だ、俺」
 外から聞こえた神官戦士の声にヴァトルダーは息をついた。
ローゼン「ちゃんといい子にしてたかな?」
 中へ入る際にこう尋ねるところが、実にローゼンである。
ヴァトルダー「えーい、黙れ!だいたいだ、何でこの俺がこんな所で二ヶ月も……」
 お前が全面的に悪いんだが……。
ローゼン「それより、そろそろここから出たらどうだ?」
ヴァトルダー「い、いや、しかしだな……。それはまずいんじゃないか?」
ローゼン「ここはロマールから離れているし、そろそろいいだろ? だいたい、お前のせいで俺たちまで足止めを食ってるんだぞ、この犯罪人」
ヴァトルダー「それを言うなよ……ほんの出来心だったんだ」
 犯罪者の言い訳、その一。
ヴァトルダー「だが、お前の言うことにも一理あるな。さすがに限界だし……わかった、そろそろ出よう」
 かくして、ヴァトルダーは二ヶ月という長い時を経て日の当たる世界へ戻ってきた。
ヴァトルダー「かぁー、眩しい!! 二ヶ月振りの太陽だ」
ローゼン「さ、こっちへ来い。皆が待っている」
ヴァトルダー「ああ」
 十分ばかり歩いたところで、彼はとうとう、仲間との再開を果たすことになる。ダルスとフィップを目にして、ヴァトルダーの顔に笑みがこぼれた。
 エルフが踊るその横で、フィップがヴァトルダーを指さして曰く。
フィップ「あ〜、犯罪人だ〜」
ヴァトルダー「お前、久方ぶりの仲間に対して、第一声がそれか……」
フィップ「ジョークだよ。お帰り、ヴァトルダー」
ヴァトルダー「おうっ!」
 戦士は、心持ち衰えた腕を振り上げて応えた。
ヴァトルダー「さぁて……じゃ、まずこの町を案内してもらおうかな。さぞかしいろいろな物があるんだろう?」
 ベルダインは「芸術の都」という二つ名を持っている。彼の発言はこの辺りに帰因している。
 ゾロゾロゾロ……。
 傍目にはごく普通……とはいかないまでも、ありふれた冒険者にしか映らないらしい。あるいは指名手配がここまで回ってきていないだけなのかもしれないが、ヴァトルダーらは特に呼び止められることもなく、大通りを歩いていた。
ヴァトルダー「ん……? お前ら、何か用か?」
 人通りが少なくなった辺りで、突然彼らは、見たことのない紋章をつけた赤、白、緑のローブに身を包んだ魔術師4人(なかなかカラフルな連中である)にとり囲まれた。
 魔術師たちは顔を見合せ、頷くとそのうちの3人が一斉に喋りだした。下位古代語、精霊語、神聖語という3種の言葉で、である。もっとも神聖語は本来意思伝達用の言語ではないため、その道の専門であるローゼンでも断片的な単語しか確認できなかった。
魔術師A『お前がヴァトルダーか?』
ヴァトルダー「おい。こいつら、なにか喋ってるのか?」
 ところが情けないことに、対象であるヴァトルダーはどの言葉も話せなかった。
 彼が話せるのは、共通語、東方語、西方語の3種だけであり、他の言葉は全く話せない。
 このままでは拉致があかないため、仕方なくダルスが訳して聞かせた。
ダルス「『お前がヴァトルダーか?』ぢゃと」
ヴァトルダー「おう、その通りだ! ……と言ってやってくれ」
 考えてみれば情けない話である。
魔術師B『そうか、やはり……』
 そう呟くと、4人の魔術師はひそひそ話しだした。全員が下位古代語を用いて会話を行っている。なお、この言葉はダルスにしか話すことができないため、必然的に会話の内容も彼にしかわからない。
魔術師C『こいつ、あまり頭はよさそうじゃないな。大丈夫か、こんな奴で』
魔術師A『なーに、クレイン殿も言っていただろう? 「リーダーは力馬鹿だが、使える」ってな』
魔術師D『むしろ、仲間の連中の方が腕は立ちそうだな』
魔術師B『連れていってみれば、わかるだろう』
 この会話を唯一理解できるダルスは、一人ニタニタと笑っている。口に出して笑わないだけ立派ではあるが、傍で見ているヴァトルダー達としては気色悪いだけ、という話もある。
 話し終わると4人はヴァトルダー達の方に向き直り、また先ほどと同様に3種の言葉で話し出した。
魔術師『ヴァトルダーとやら、ちょっと付き合ってもらおうか』
 さっそくダルスが訳す。
ヴァトルダー「やーなこった」
 それをまたダルスが訳す。
 よくよく考えてみれば、今時共通語を話せない人間というのも珍しいのだが、はて、それに気付いた人間がヴァトルダー達の中にいるかどうか……。
魔術師B『やれやれ……。それでは、仕方がない』
 男はそう呟くと、ヴァトルダーの肩にそっと手を置き、間髪入れず魔法を行使した。
魔術師B『「ギアス」』
 さすがにダルスの顔色が凍り付いた。
 首を傾げるヴァトルダーに、恐る恐る説明を施す。
ダルス「ヴァトルダー……。お前にのう、たった今……『ギアス』がかけられた」
ヴァトルダー「なに、ギアス?! ……どっかで聞いたことがあるな……」
 おい。
ヴァトルダー「どうせろくな効果じゃあないんだろうが……どんな魔法だ?」
ダルス「有り体に言えば、呪いぢゃ。内容は……自分で推察できるぢゃろ?」
 「我々におとなしくついてこい」といったところだということは、さしものヴァトルダーの頭でも想像するのは容易だった。
ヴァトルダー「マ、マジ? ……よ、喜んで付いて行かせていただきますぅ! ……と伝えてくれ」
 ダルスがそう伝えると、魔術師の方々は満足げに頷き、その中の一人が小さな箱のような物を翳した。
 ほどなく、上空に何か巨大な物体が行き過ぎた。
 バッサバッサ……パギャーオゥ!
魔術師C「こっちだこっちだ」
 下りてきたのは……ワイバーンだった。しかもその胴体には、気球用の籠がつけられている。
ローゼン「あれに……乗せられるのか?」
 顔を引きつらせるローゼン。確かにたまったものではないだろう。
フィップ「僕も行かないとだめー?」
ヴァトルダー「フッ、当然じゃないか。偉〜いリーダー様が行くんだ、お前も来い」
フィップ「え〜?!」
 この「え〜?!」に二通りの意味がこめられていることは、賢明なそこの読者には自明のことであろう。
 しかしな、ヴァトルダー……本当に偉いリーダーなら、盗人なんぞに身を落とすか?
ローゼン「乗りかかった船だ、止むを得んだろう」
魔術師C「さあ、あの籠の中に入れ」
 中に入ると、一行は即座に目隠しを施された。
 音と風の流れだけが、彼らに地上から離れたことを教えていた。
 なお、これまた自明のことながら、突然飛来したワイバーンに、ベルダインの町は大混乱に陥っている。
 一行はその後、方向も分からぬままに約3日間もの時間を空中で過ごした。

魔術師の王国・クルカ

 ようやくにしてワイバーンは地上にその足をつけ、一行は目隠しを外された。
 3日ぶりの地上である。
ローゼン「う……。気持ち悪い……! しかも寒いっ! まったく、こんなもんに3日も乗せられ続
けて平気な奴がいたら、是非一度お目にかかりたいぜ」
 残念ながら、そのような人間は希有である。連れてきた張本人であるところのカラフルローブ四人衆でさえ、顔から血の気が失せている。
ヴァトルダー「うーん、気分は最高! 寒いのは気に入らんがまぁ、快調快調!」
 ……希有な人間が、ここにいた。ヴァトルダーっていったい……。
ダルス「あの〜、わしらはこれからどうなるんぢゃろう……か?」
 恐々としてダルスが尋ねた。
魔術師A『これからお前達を城に連れていく。それにしても、3日もすまなかったな。場所を知られたくなかったのでな、許せよ』
 ……とダルスが通訳した。
 どうやらこの魔術師達、ちょっとばかり強引なだけで、さほど悪い人間ではないようである。
ヴァトルダー「ふっ、飯を出してなかったら、今頃はお前ら全員、首が飛んでたぜ」
ダルス「……そう伝えていいんぢゃな?」
ヴァトルダー「……今のはなかったことにしてくれ」
 あっさり頭を下げるヴァトルダー。
 それから、魔術師達を先頭に、歩くこと半日間。
 彼らは一行は、巨大な城に行き着いていた。
ヴァトルダー「ひゅー☆ 大したもんだ」
ローゼン「ああ、まったくだな」
 実際、この城は大きかった。ただただ、大きい。
 昔からの常識によれば、このようなものをつくるのはかなりの権力者、もしくはかなりの馬鹿と相場が決まっている。
魔術師B『さあ、入るぞ。我が王がお待ちだ』
 呆然と上を見上げていたヴァトルダー達は、促されて城内へと歩を進める。
 石造りの長い廊下と階段とを交互に通り抜け、やがて魔術師はある扉の前で止まった。
魔術師『国王陛下、連れて参りました』
『ご苦労』
 中から声が聞こえてきた。今二人が交わした言葉も、例によって下位古代語である。
 番兵によって扉が開かれ、一行は部屋の中へ入った。かなり広い部屋だったが、作りからして国王の私室のようであった。
魔術師『さ、跪け』
 ローゼンとフィップ、それにダルスは従って跪いた。ただ一人、ヴァトルダーだけが反抗する。
 この男の辞書に、『長い物には巻かれろ』という言葉は存在しないようである。もっともローゼン達のように、あればあったで情けない。
ヴァトルダー「誰が見ず知らずの奴に頭なんぞ下げるか!」
ダルス『……と、このように申しておりますぢゃ』
 ダルスは顔を伏せたまま、バッチリ通訳している。
 現在言葉が通じるのはダルスだけであり、つまるところ一行の意思はこのエルフが一手に握られていることになる。
 国王であるが、年はざっと6、70で、かなりの高齢である。目も垂れ気味の柔和な表情をしており、頭上の王冠さえなければ、「気の良さそうな爺さん」と言われても十分通用するだろう。
 ただし、今はその頬の辺りがヒクヒクと震えている。遙かに格下の若造にあのような暴言を吐かれれば当然とも言える。
 それでもさすがに国王の肩書きを持つだけあって、彼は怒りを堪えていた。
国王『(ヒク)わしが、クルカ国王・ディプラーじゃ。ヴァトルダーとやら。直々に、そちに頼みがあるのじゃが』
ダルス「おいヴァトルダー、わしの言うことを聞け」
 平然と、ダルスがかなり大雑把な意訳を行う。
ヴァトルダー「断る」
ダルス『誰が頼まれてやるかい、ボケ』
国王『(ヒクヒク)そうつれないことを申すな。南の遺跡を調べるだけでいいのじゃ』
ダルス「南の遺跡を調べんかい、阿呆」
ヴァトルダー「誰がやってたまるかっ」
ダルス『誰が貴様如きの頼みを聞くか』
国王『(ヒクヒクヒク)ほおおお……』
 プチッ、と国王の頭の中で何かが弾けた。
 彼は傍らの魔術師に目をやり、手を首の前に持っていくと、親指を横に立ててクイと動かした。魔術師はコクリと頷くと、部屋の外へ声をかけた。
 ゾロゾロ……。
 唐突に兵士(と言っても魔術師であるが)が入ってきて、問答無用にヴァトルダーを拘束し、外へ連れていった。
ヴァトルダー「うおー、助けてくれ〜!!」
 おそらく、死刑は確実だろう。
 ずーるずる、とヴァトルダーはコロシアムまで引きずられていった。ちなみに、コロシアムはこの部屋から窓を隔てて、目と鼻の先にある。
国王『ライトニングの刑に処す』
 国王の言葉は、魔術師を通してローゼン達に伝えられた。
ローゼン「おーい、ライトニングの刑だと〜」
 さすがにヴァトルダーの顔から血の気が引いていった。
 ザッ!!
 舞台の回りに、ざっと100人の兵士が立ち上がった。つまり、単純計算で100発のライトニングがヴァトルダーを襲うことになる。
ヴァトルダー「ノーッ! み、見逃してくれー! ダルス、頼む! 『あなた方の言うことは何でも聞きます、私はあなたの犬です!』と伝えて、命乞いしてくれ〜!!」
 さすがの彼も、やはり命は惜しかったらしい。
ダルス『国王陛下、あのヴァトルダーめが……(中略)……と申して、命乞いをしておりますぢゃ。奴めも反省しておるようですし、許してもらえませんぢゃろうか』
国王『そうか……。よし、そこまで言うのなら、まあよかろう』
 ずーるずる。
 引きずられながら、ヴァトルダーが帰ってきた。腰は完全に抜けている。
国王『では、より詳しい話へと入っていこうかの。お前たち、通訳の用意を』
 国王の話は、要約すると次のようになる。
 ……その昔、彼らの祖先は大陸から戦火を逃れてこの島へやって来た。四方を海に囲まれたこの場所は、他からの干渉がまったくなかった。完全に大陸から隔絶されていたのである。
 しかし、そこに一つ問題があった。彼らの祖先がこの国──当時は村程度の規模だったが──を興したものの、その中に戦士は一人もいなかったのである。裏を返せば、その全てが魔術師や神官、精霊使いと言ったいわゆる「ルーンマスター」だったのだ。
 しかも輪をかけて悪いことに、これが揃いも揃って非力ぞろい、人並みに筋力を持った人間というのが皆無だったのである。「体を鍛える」ことを学び得なかったその子孫である彼らも、やはり非力であった。
国王『これがこの国の概要じゃ。さて、それでは本題に入ろうかの……』
 一息つくと、彼は本題である遺跡の話に話題を移した。
 先頃、とある国民からの報告で、南に約4日の所に遺跡の存在が確認された。
 先住民がいなかったところからして、その遺跡が祖先の造ったものなのは間違いない。しかしながら、国の人間は皆恐れをなし、探索が遅々として進まないのが実状であった。
 数度に渡る話し合いから弾き出された結論は、「島の外の人間に探索を依頼する」ことであった。
国王『見たところそなた達、勇気はないが、好奇心だけは旺盛そうじゃ。
 頼む。遺跡を調べてきてくれ。内部を報告さえしてくれれば、何を取り、持ち帰ってもよい』
 相場を知らないだけかもしれないが、破格の条件を国王は掲示した。
ローゼン「魔術師の遺産となれば、それなりに凄いものも期待できるな」
フィップ「うん」
ローゼン「どうするね、ヴァトルダー……お〜い、ヴァトルダー?」
 ローゼンが戦士の目の前で手をチラチラと振ってみせるが、まったくの無反応だった。既に意識が逝ってしまっているようである。
ローゼン「ちっ、しょうがない」
 ローゼンはナイフを取り出すと、ヴァトルダーの掌の上に刃を置き、一気に引いた。
ヴァトルダー「……ん?」
 プシュ〜、ドクドク。
ヴァトルダー「う……うぉ……うぉーっ! いで、いで、いでぇーっ!!」
ローゼン『キュアー・ウーンズ』
 シュッ。
 あっと言う間に傷は塞がった。あとに残ったのは、呆然と神官の顔を見つめるヴァトルダーだけである。
ローゼン「正気に戻ったか。では、コホン……な、いいだろ、ヴァトルダー」
ヴァトルダー「あ、ああ、いいとも」
 何のことかわからないヴァトルダーは思わず承諾してしまった。
ローゼン「国王陛下に、お引き受けしましたとお伝えください」
 魔術師からそう伝え聞いた国王は、満足げに頷いた。
国王『では、今日は城に泊まり、明朝出発せよ』

王家の遺跡

 そして翌朝。……非常に寒かった。
ローゼン「なんとかならないのか、この寒さ……」
 ガチガチと震えながら訴えるローゼンの言葉を、ダルスが平然とした顔で翻訳した。
『なんとかなりませんかねぇ、この寒さ』
魔術師『そんなに寒いか? 私としては、お前たちの住んでいる所の方が暑いように思うがな』
 進化というか順応というか、長い期間の間に、生物の体というのは適応してしまうものらしい。
魔術師『そういえば、クレインの奴もそんな事を言っていたな。『商売でなかったら、こんなクソ寒いところになんか来ませんよ』って』
 ピキーン……。
 「クレイン」という単語に、まずダルスが、次いで他の3名が凍った。
 ティグさん……あんた、こんな所にまで手を出すか……。
 多少の違いはあれ、一同の思いはこれに大差ないはずである。
魔術師『おう、そうだ。あいつに、「寒さをしのぐ為のものです」って、何かの毛皮の服を買わされたんだった。あれを売ってやるよ』
 ダルスの通訳したその内容に異議のある者はなく、彼らは早速、一着1000ガメル(!)でそれを買い取った。
ヴァトルダー「懐は寒くなったが、体はあったかくなった。我が道に、もはや敵なし!
 お〜し、じゃあ行くかっ」

 それから、あっさりと四日が過ぎ去った。
ヴァトルダー「あれか……」
 ようやくにして、彼らは遺跡を見つけていた。
 もっとも、到着するまでにはまだしばらくかかりそうである。この辺は障害となるものが何もなく、やたらと見晴らしがよい。歩く分には何の面白みもないが……。
 それから一時間ほどもかけて、彼らはようやく遺跡の口に到達した。既に日は暮れている。
フィップ「どうしよっか?」
ヴァトルダー「行こう。この寒いのには耐えられん。少しでも早く帰りたいからな」
ダルス「夜といえば、化け物が……」
ローゼン「出るか、そんなもん! 俺も寒いのはもう嫌だ。さっさと入るぞ!」
 問答無用な気もするが、結局彼らは休息もとらず、「ライト」をヴァトルダーの指輪に灯すと、そのまま中へ入っていった。地下に整然と石造りの階段が続いている所からして、墓のようでもある。
 中の通路は、全員が並んでも十分歩けるほどの広さだった。
 まっすぐ歩いていくと、右と前に道が別れている。
ヴァトルダー「このまままっすぐ行くぞ!右の道は、きっと手間を取らせるだけのものだ!」
 おいおい……。
 さらにまっすぐ行くと、今度は前と左に。この分かれ道もヴァトルダーは無視し、ひたすら前進を続けた。さらにさらに前へ行くと、今度は前と右に。それもまた無視して前へ進むと、とうとう下へ続く階段まで辿り着いてしまった。
ヴァトルダー「……これって、まずい……よな」
 別にどうとは言わないが……。
ヴァトルダー「しょうがない、最初まで戻るぞ」
 結局、最初の分岐点まで戻って、右へ進路をとった。
 右へ曲がってしばらく行くと、左へ道が曲がっている。さらに進むと、また左に。さらにしばらく進むと、大きい通りに出た。
ヴァトルダー「ここ……さっき、確かに通ったよな……」
 皆が無言で頷く。
 ひゅうううう……。
 どうやら、二か所あった右への分岐点は、繋がっていたようだ。
 仕方がないので隠し部屋がないか探したが、それもない。この道は、単なる手間取らせだったようだ。この遺跡の設計者は、なかなかの性格をしていたようである。
ローゼン「そうだ、もう一個分岐点があったな……」
 ぞろぞろ。左への分岐点まで戻り、左へ曲がった。
 その通路の奥には、小さな部屋があった。奥にかなり大きな箱が見えている。
ダルス「あれは柩だな」
フィップ「中にはきっと、グールなんかが……」
ダルス「ひょひょ、まさか……『ハード・ロック』」
 モンスターの名前を聞いただけでそんな魔法を使うとは……。
 『ハード・ロック』とは、『ロック』の強力なもので、ロックの効果に加え「材質をも変質させる」魔法である。
ヴァトルダー「……この階には何もなかった、と……」
 結局無視かい、あんたたち。
フィップ「じゃ、下へ下りよう」
 一行は下へ続く階段へ戻り、次のフロアへと降りていった。

 道はまっすぐ続いている。しばらく歩くと、道が斜めに傾斜してきた。
 右へ曲がること三回で、彼らはようやく広い場所へと出た。
ヴァトルダー「な、何だぁ? この池は」
 一行の目の前には、幅8メートル程の池が横たわっている。当然のことだが、別の道を通っての迂回は不可能である。池からはもうもうと湯気が上がっており、向こう岸には石の吊り橋らしきものが見えている。
ヴァトルダー「あれを下ろさないと渡れそうにないな。しょうがない、泳いで渡ってみるか」
 思考時間10秒で、ヴァトルダーは池に入ることに決めた。チェインメイルを着たまま泳ごうとするあたり、見上げた根性である。後先のことを考えていないという言い方もできるが。
 足をゆっくり浸そうとした瞬間、ダルスが大声で制止した。
ダルス「待てぇい!!」
 びくぅ!
 ヴァトルダーは凍った。
ヴァトルダー「な……何だよ?」
ダルス「入っても構わんが、その池、硫酸ぢゃぞ……」
 そう。この池は色といい煙といい、見るからに硫酸なのであった。……惜しい……。
ヴァトルダー「どれ……」
 持っていたロープを先を、そろそろと浸けてみる。
 ジュン!
 もうもうと煙が上がり、浸した部分はあっさりと蒸発した。
ヴァトルダー「ロ、ロープが……」
 わなわなと手を震わせる。
ヴァトルダー「ああっ! 10センチも損したぁ!!」
 彼の驚きなど、所詮はこの次元である。
ローゼン「しかし、こりゃまいったな」
フィップ「あ〜、あれ」
ローゼン「ん? 何かあったか?」
 フィップが指さす向こう岸に、何やら赤い石のようなものがあった。
フィップ「きっとボタンだよ」
ローゼン「しかし、あれじゃあ押せんな。向こうから来る分には押せるんだろうが……」
フィップ「なら、これを投げてみよう」
 そう言うが早いが、フィップは赤い石めがけて、持っていた銀のダガーをヒュッと投げつけた。
 コンッ。
 さすがに器用なもので、彼はあっさりと当ててしまった。
 ゴゴゴゴ……。
 吊り橋がゆっくりとこちら側へ下りてくる。やがて、激しい音とともに向こう岸への道が完成した。
ヴァトルダー「よくやったフィップ、褒めて遣わす」
ローゼン「さぁて、それじゃまいりますか」
 一行は硫酸の池を無事に越えると、その向こうにあった階段からさらに下の階へと駒を進めた。

 しばらくまっすぐ進むと、道が左右に分かれている。
ヴァトルダー「よし、ここは左だ」
フィップ「どして?」
ヴァトルダー「理由はない。ただなんとなくだ」
 特にどうということもないので、その勘を信じて一行は左へと進んだ。道は更に下へと続く。
 今度は、階段を下りるといきなり部屋に出てしまった。
 広い部屋で、中央にはさっき見た硫酸がでんと待ち構えてる。ただしサイズは先ほどより小さめで、池と言うよりは泉である。
ヴァトルダー「おっ、こりゃ何だ?」
 泉のそばには金のコップがさりげなく置かれていた。向かいの壁には、下位古代語で文字が刻まれてある。
ローゼン「ダルス、なんて書いてあるんだ?」
ダルス「んー、どれどれ……。『ご自由にお飲み下さい』ぢゃと」
 さすがに一行は言葉を失った。
ヴァトルダー「このコップ、溶けないのかな?」
 そう言って、コップを泉に投げ込む。
 チャポン、プクプク……。
 コップは溶けはしなかった。
 が、当然の事ながら泉の底に沈んでしまった。
ローゼン「……おい、ヴァトルダー」
ヴァトルダー「……あ?」
ローゼン「どーするんだ、あのコップ! あれは金だぞ、金! 責任取れ!!」
ヴァトルダー「責任、と言われてもな……」
ローゼン「死んでもいい、あの中へ入って取ってこい!」
 深さは、どう少なく見積もっても5メートルはある。
ヴァトルダー「そ、それだけはご勘弁を!」
フィップ「ま、いいんじゃない?」
ダルス「そうぢゃ、そうぢゃ。こいつのしたこと、許してやれ」
 無関心な二人に説得され、ローゼンも思いとどまった。
 二進も三進もいかなくなったため、ヴァトルダー達は部屋の反対側にある階段からさらに下へ降りていった。

キングスマミー、登場!

 今度は、一つの柩が彼らを待っていた。
ローゼン「ヴァトルダー、入れ」
ヴァトルダー「何故俺が?!」
ローゼン「コップ……」
ヴァトルダー「はい、行かせていただきます」
 しぶしぶヴァトルダーは柩のある部屋へ入った。すると!
 ギィィィィ……。
 重々しい音と共に柩が開き、中から白い包帯に身を包んだモンスター、マミーが現れ出た。
 彼(彼女?)はヴァトルダーを視界にみとめると、ゆったりとした足取りで近づいてくる。
ヴァトルダー「うおおおおっ?!」
フィップ「マミー?! ……でも、普通のより随分おっきいな。ねぇ、ダルス」
ダルス「うむっ」
ローゼン「お前ら、何を落ちついている! さっさと逃げるぞ!」
 言うが早いが、一番に逃げ出すローゼンだった。
 ダッシュがいるならともかく、現在一番足が遅いのはローゼンである。従って、もっともモンスターに捕まりやすいのは彼ということになる。早々と逃げるのも、生きるための知恵と言ってあながち間違いともいえない。
 なお、このマミーは通常バージョンより格段に(そりゃもう、桁違いに)強いので、個人的趣味も込めてキングスマミーと呼ばせていただくことにする。
 ローゼンの後を追って、フィップ、ダルスが、少し遅れてヴァトルダーが続く。
 階段を上がっている途中。
フィップ「お先!」
ダルス「強く生きよ!」
ヴァトルダー「後は任せたっ!」
 と、ローゼンは三人に激励の(「今生の別れに最後の挨拶」という意味もあったかもしれない)言葉をかけられ、追い抜かれていった。
 階段を上りきった所で後ろを見ると、彼のすぐそばまでキングスマミーは迫っていた。何故か「みず〜」と叫びながら近づいてくる。
ローゼン「ファリスの神よ!」
 思わず至高神ファリスに祈るローゼン。そして何を思ったか、上へ続く階段がある方向とは反対側にカクンと曲がった。
 ドドドド……。
 キングスマミーはそのまま走って行ってしまった。
ローゼン「ら……ラッキー☆」
 ローゼンはそのままへたり込むと、生きていることの喜びを噛みしめ、十分に間をおいてからその後を追った。

ヴァトルダー「どぉー!」
 ローゼンを除く三人はさらに階段を上がり、硫酸の池があったフロアまで来ていた。
フィップ「あ」
 先頭を走っていたフィップが声を漏らし、目を瞬かせる。
 先ほど下ろしたはずの橋が、どういうわけか再び上へ跳ね上がっていた。スイッチを押すにしても、下まで橋が降りるまでにはそれなりに時間が必要となってくる。
ヴァトルダー「ちぃっ!」
 ヴァトルダーはやむを得ず、剣を抜いて身構えた。
 程なく、キングスマミーが一行の眼前に姿を現す。
 まずダルスが『ファイア・ボルト(別名ヨ○ファイヤー)』を放った。しかし、これはほとんど効かなかったようだ。この時、フィップはボタンを押しに行っている。
ヴァトルダー「でやー!」
 気合いと共に、赤髪の戦士が切りかかった。それとほぼ同時にキングスマミーも殴りかかってくる。
 バキィ!
 ヴァトルダーの攻撃は全然通じず、逆に強烈な一撃を受けた。蹌踉めき、二、三歩後ろへ下がって体勢を立て直す。
ヴァトルダー「うぅっ、なんてパワーだ。おいローゼン、回復……」
 言いかけて彼は口をあんぐりと開けた。
 ……ローゼンはいなかった。今回、唯一のプリーストであるローゼンが、その場にはいなかった。
ヴァトルダー「だああー、しまった! ローゼンはすでに、還らぬ人になっていたんだったっ!!」
 実際は五体満足でピンピンしているのだが、モンスターだけが姿を現せば、確かに死んだと思うのが普通かもしれない。
ヴァトルダー「ええーい、ままよ!」
 ヴァトルダーは突っ込んでいった。ちなみにダルスは先ほどの『ファイア・ボルト』が通じなかったために傍観、フィップはどうせ無駄だと思い階段の傍に隠れている。
 ……しばらくのち。
 バキィィ!
 ダンッ!
 殴られまくったあげく、遂にヴァトルダーは倒れた。
ヴァトルダー「ローゼン……今行くぜ」
 パッタリ。
 そこへようやくローゼンが到着した。
ローゼン「やっ、どーも! 遅れちゃって悪い悪い。
 ……おや……ヴァトルダーの奴、とうとう逝ってしまったか」
 頭を掻き掻き、神官戦士が呟く。
フィップ「だりゃーっ!」
 次に襲われるのは自分だと判断したのだろうか、フィップまでマミーに飛びかかっていった。
 プスッ。
 少しはダメージを与えたようである。このあとにやってくるキングスマミーの攻撃も、軽い身のこなしでなんなく軽くかわしていく。
ローゼン「……『ホーリー・ライト』!」
 辺りに眩い閃光が走った。キングスマミーはダメージこそ受けなかったものの、光を直視して視界を奪われてしまった。フィップは逆方向を向いていてこの影響は受けず、ダルスに至っては戦線を離脱して呑気に水を口に含んでいる。
 キングスマミーの目が眩んだお陰で、フィップはほぼ確実に攻撃を当てるようになった。その後も『ホーリー・ライト』とフィップの足技という二段攻撃が続き、わずか2ラウンド後。
フィップ「止めーっ!」
 フィップが2連続クリティカルを出し、遂にキングスマミーの倒れるときがきた。
 ズゥゥゥン……。
 鈍い音とともに倒れ伏したキングスマミーは、ローゼン(と、若干ながらフィップとダルス)の働きで硫酸の池に捨てられた。

ローゼン「どれ……。なぁんだ、まだ生きてるじゃないか。しぶといねぇ……。『キュアー・ウーンズ』!」
 ヴァトルダーの負っていた打撲傷は、完全にとはいかないまでもほとんど癒やされた。
ヴァトルダー「ああ、俺はいったい……。確か、マミーの奴にやられて……。
 ……うを、ローゼン! そうか、やっぱり俺は死んだんだな。……フィップ、ダルス! お、お前たちまで来たのか。みんな死んじまったんだな……オイオイ」
 激しく勘違いして、思わず涙する戦士一名。
 皆からさんざん言い聞かされ、ようやく自分が死んでいないことに納得したヴァトルダーであった。

心はお宝へ

ヴァトルダー「さて、これからどうするかな」
ローゼン「さっきの分岐点まで戻って、行ってない方へ行こう」
ヴァトルダー「そうするか」
 一行は分岐点まで戻り、もう一方の道へと歩きだした。
ダルス「また下へ続いておるぞ」
フィップ「さっきとは逆向きに続いてるね」
 今度は、通路の左に大きな部屋があった。この遺跡の最初にあった部屋同様に、入り口から、柩が一つ置かれているのが見える。
ローゼン「今度は慎重に行けよ」
ヴァトルダー「ああ、わかってる」
 そろりと足を踏み入れるヴァトルダー。
 ……特に何事もなかった。部屋へ入って改めて見てみると、外から1つと見えた棺が、実際は3つであることがわかった。かなり大きいものが中央にあり、その両脇を小振りのものが挟んでいる形になっている。
 彼は更に柩へと近づいてみた。……しかし、やはり何も起こらない。
ヴァトルダー「おーい、大丈夫だ……。入ってこい」
 ヴァトルダーの言葉を受け、外で待機していた残りも中へ足を踏み入れた。
ローゼン「どうする? きっとこれ、さっきのようなマミーだぜ」
ヴァトルダー「俺はもうたくさんだ、死にたくない」
フィップ「じゃ、こうしよう……」
 フィップの出した案は次のようなものであった。
 まずダルスが、左右の二つに『ロック』で鍵をかけてしまう。これでここからマミーが出る心配は少なくなる。次に、持ってきた松明に火をつけて1人1つずつ手に持ち、左右の柩に2人ずつ乗る。これで、中央の棺に手がかけられるようになる。最後にヴァトルダーが中央の柩を開け、全員で中に松明を放り込んでボッ……。棺は三つとも密着しているから、中央のものが燃え上がれば必然的に左右の棺にも燃え移ることになる。
 作戦は早速実行に移された。
 左右の柩に、2人ずつ乗るところまではうまくいったが……。
 グワシッ!
 その乗っている両方の柩から、手が二本ずつ突き出された!
 足を掴まれて一瞬パニックになりかけたものの、ヴァトルダーとローゼンがそれを切り落とす。
ローゼン「早く開けろ!」
ヴァトルダー「おう!……そぉれっ!」
 中央の棺の蓋が、少し上がった。そこへ一斉に松明を投げ込み、蓋を閉め、止めにダルスが『ハード・ロック』をかけた。そしてすぐにその場を離れる。
 パチパチパチ……。
 柩が音を立てて燃え上がった。
 中から呪いの言葉らしきものが聞こえてきてはいるが、その内容もダルス以外にはわからない。唯一わかるそのエルフも、飄々として聞き流している。
ヴァトルダー「いやー、よく燃えるなぁ。……しかしあいつら、なんていってるんだろう?」
ダルス「んぁ? ……そう、火葬にしてくれてありがとう、と言っておるんぢゃ」
ヴァトルダー「そうか……いいことをするって、気持ちいいなあ」
 呪いの言葉をかけられているとは、夢にも思うまい。
ヴァトルダー「しかしよぉ、中にお宝があったらどうするんだ?」
フィップ「大丈夫、どうせ燃えるもんなんか、たいしたもんじゃないよ」
ヴァトルダー「それもそうだな」
 ……宝石は……?
 やがて柩は燃え尽き、そこには灰が残された。
ローゼン「さてと、何かないか探してみるか」
 ゴソゴソ。
ヴァトルダー「あ、あった」
 それは剣の刀身であった。柄の方は、どうやら棺と一緒に燃えてしまったようである。
ダルス「どれ……『センス・マジック(視界内にある魔法の存在を知る魔法)』。こりゃ、魔法がかかっとるな」
ヴァトルダー「ラッキーっ。これ、俺がもらった」
フィップ「いいよ。一度死にかけたんだし……」
 フィップの言葉に、ローゼンとダルスも頷く。
 ヴァトルダーは毛皮の服の袖の部分を切り取るとそれで刀身を包み、袋の中に収めた。
ヴァトルダー「ここにこんな物があったと言うことは、だ。当然、さっきのマミーの所にもあるはずだよな」
フィップ「あと、硫酸の泉のあったところ。あそこ、結構いろいろ装飾がしてあったから何かあるかも……」
ダルス「そうそう、最初に『アンロック』をかけたところも……」
ローゼン「ようし、片っ端から当たってみよう」
 というわけで、彼らのお宝回収作戦がここに開始された。

 まずは、キングスマミーの出てきた柩である。
 ゴソゴソ……。
ヴァトルダー「こりゃ凄い!」
 中から出てきたのは、腕輪が三個に指輪が五個。いずれも、装飾品としてだけでもかなりの価値がありそうな代物である。加えて、ダルスの調べによれば「全て魔法がかかっておるっ!」のだから、大したものだ。
 これは皆平等に……ということで、ダルスが指輪二個、他の者は指輪と腕輪を各一個ずつ手にすることに決まった。
ローゼン「いやー、儲けた儲けた。こりゃ、次も期待できるかな?」
 次いで、硫酸の泉のあった場所へ赴き、フィップが壁などを入念に調べる。こういう作業は、どうしてもシーフ技能を持っている彼に任せっきりになってしまう。
フィップ「どれどれ……あれっ?!」
 壁に顔を近づけ、その表面を撫でてみる。
 これ、宝石が埋め込まれてるじゃん……ラッキー☆
 彼は逸る気持ちを抑えてダガーを取り出すと、壁に埋め込まれた宝石を一つ残らず(合計10個)手中に収めた。
ローゼン「何かあったか?」
フィップ「ううん、何も」
 良心に少々傷が付いたが、宝石10個分の価値に比べればささやかなものである。
ヴァトルダー「そうか……。じゃ、最初にあった柩に期待するか」
 一通り遺跡の探索を終えた彼らは最後に、最初の柩までやってきた。
フィップ「またさっきの奴をやる?」
ヴァトルダー「そうだな」
 で、ダルスがまず『アンロック』で鍵を外し、ヴァトルダーが蓋を開け、その他の方が松明を投げ込んだ。
 すぐに中から叫び声が上がり、やがてそれも止んで燃える音だけとなり、さらに時間が立つと火の勢いも衰え、辺りは静寂さを取り戻した。
ヴァトルダー「宝はどこだー?」
 灰を引っかき回して片っ端から探して回ったものの、何も見つからない。
 諦めの悪いことに定評のある彼らでも、さすがに無から有を創り出すのは不可能である。しばらくして、しぶしぶ諦めることになった。
ヴァトルダー「苦労したわりには、大したもんがなかったなぁ」
 お前が持ってるその刀身と指輪と腕輪、返してくれても一向に構わないんだが……。
ローゼン「一応隅々までチェックは終わったし、あとはこれを報告すれば仕事は終わりだな。よし、それじゃ帰るとするか」
フィップ「うん」

無事生還!

 かくして、四日後、彼らは無事に王城への帰還を果たしたのである。
国王『おお、まさか生還しようとは……。あ〜いや、うむ、大したものじゃ。褒めて遣わすぞ。フォッフォッフォッ。
 して、中はいかがであった? 説明してもらおう!』
 ……と通訳され、下位古代語を話せるダルスが代表して答えた。
 曲げるところはしっかり曲げて説明する。
 曰く、ドラゴンが出てきた。曰く、遺跡は地下100階まであった……等々……。
 これに加え、「祖先の方と思われる遺体は、皆朽ち果てていました」とも伝えた。
 さすがに「おそらく祖先と思われるマミーは、硫酸の中でドロドロに溶けたか、あるいは燃えてしまったかのいずれかでございます」と答えられるほど根性は座っていなかったようである。
 報告を聞いた国王は満足げに頷いた。
国王『なるほど。いや、ご苦労であった。どことなく昔聞かされた冒険譚を聞かされておるような気分じゃったわい』
 ダルスの頬が心持ち引きつったが、国王はそれに気付かず話し続けた。
国王『……しかし、「人は見かけに寄らぬ」というのは本当じゃのう。クレインめの目も、さすがに大したものじゃわい。……では、ご苦労であった。礼を言うぞ」
 国王は横の魔術師に目をやり、軽く頷いた。
魔術師『では、彼らを大陸まで送り届けて参ります』
 ダルスに通訳されたヴァトルダー達は、顔を見合わせると一斉に頷いた。

 ワイバーンの羽ばたきが、再度ベルダインの街に響きわたる。
 魔術師の王国で仕事を成し遂げた男達は、こうして帰途についたのであった。


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