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続・りめんばー・くれいん

赤甲冑の騎士

 一ヵ月後、クレイン・ネットワーク本部。
ティグ「やっ、どうも」
ヴァトルダー「どうした?フォルの奴、ついに動いたか?」
 ティグが、しばしの沈黙を破ってヴァトルダーを呼び出したのだ。何かあると見て当然だろう。たとえ頭の軽い、もとい悪い(どっちも失礼か)ヴァトルダーでも、それくらいのことはわかる。
ティグ「まぁまぁ、そう焦らず。リーハ、例のものを」
リーハ「はい。これですね」
 そういってリーハは、一枚の地図を取り出した。
フィップ「へぇ。アレクラスト大陸の地図だね」
ティグ「ええ。これの、赤で印を付けてあるところに注目して下さい」
ヴァトルダー「この、印の横の数字は?」
ティグ「これから御説明しますよ。この数字は日付です」
ローゼン「ふんふん。だんだん印がオランに近づいているってことになるな」
ヴァトルダー「で?それが何か?」
ティグ「ここから本題に入ります。この印のところですが、これは“赤甲冑の騎士”が現れた場所です」
ローゼン「最近巷を騒がせている、あれだな」
 赤甲冑の騎士。噂によると、あちこちの街道で最近出没するようになったらしい。危害を加えるわけではないが、何か呻き声を上げているという。
ティグ「そう、あれです。その赤甲冑の騎士ですが、どうもここを目指しているようでしてね。いや、ここというよりはヴァトルダー君、あなたですね」
ヴァトルダー「俺?何で?」
ティグ「この地図は目撃者の証言に基づいて作成したんですが、その何人かはこう言うのを聞いたんだそうです。『う゛ぁとるだーハ何処ダァ……』」
 ……。
ローゼン「お前、恨みを買うようなことをしたのか?」
ヴァトルダー「してないしてない、全然してない」
 自覚していないところが一番怖い。
ティグ「それが何を意味するかは、皆さんの想像にお任せしますが……。とにかくヴァトルダー君、気をつけた方がいいですよ」
ヴァトルダー「ああ、そうする……」
ティグ「何でしたら、ラエンを貸しましょうか?」
ヴァトルダー「そうするか。しかし、何か嫌な感じがするな」
 多分当たってるよ、それ。
ティグ「では、また何か分かり次第連絡します」

 その晩。月明かりだけが、辺りを照らしている。
ヴァトルダー「ラエン、ラエン」
ラエン「ん……何だ、ヴァトルダー?」
 眠い目を擦りながら、ラエンが答える。
ヴァトルダー「そんな邪険にしないでさ、行こ」
ラエン「……またトイレか?これで三度目だぜ」
ヴァトルダー「だって怖いんだもん☆」
 さー……(血の気の引く音)。
ラエン「お前にそんな趣味があったとは知らなかった」
ヴァトルダー「だああ、違う違う!あるのはローゼンだっ」
ローゼン「ほう……」
 ピタッ。
 ヴァトルダーの首筋に剣先が押し当てられた。
ヴァトルダー「い……いつからそこに……いらっしゃったん……ですか?」
ローゼン「なーに、ちょいと目が覚めてね。……覚悟はできたかな、ヴァトルダーちゃーん?」
 バキバキッ!
ラエン「……おーいヴァトルダー、大丈夫かぁ?」
ヴァトルダー「あい……」
 覚えよう、口先は災いの元である。
ヴァトルダー「……ついてきてもらえますか?」
 この状況で断る奴は、まあいない。

ヴァトルダー「うー、夜は冷えるなぁ」
 トイレに入って、思わず呟く。
ヴァトルダー「一杯やりたい気分だぜ、まったく」
 ガチャッ。
ヴァトルダー「ラエン、何かやったか?」
ラエン「いや」
 ……ガチャッ。
ヴァトルダー「本っ当に何にもしてないか?」
ラエン「ああ」
 …………ガチャッ!
ヴァトルダー「やっぱり何か音がしてるぞ!」
ラエン「……ぬっ!」
 ラエンが呻いた。彼の視線の先には……真っ赤な甲冑を纏(まと)った騎士。
ラエン「赤甲冑の騎士……か?」
ヴァトルダー「へ……?」
 気が動転しているのか、はたまた何も分かっていないのか(この方が可能性は高いと、個人的には思う)。
ラエン「ちぃっ!」
 自前のグレート・アックスを手に取る。このグレートアックスは、ダッシュでも持てないほど重い。ヴァトルダーやローゼン程度では、はっきり言って話にもならない。
赤甲冑の騎士「う゛ぁとるだーハ何処ダァ……」
ラエン「なるほど、ティグさんの言った通りだぜ」
 グレート・アックスを構え、そのまま突っ込んだ。
ラエン「だっ!」
 ブゥン!
 ガギィーン!
ラエン「!? この剣技、どこかで……」
 後ろへ飛び、少し考える。
ラエン「……そうか、こいつは……! ふぅむ、こりゃ一人じゃ無理だな……。囮を使うか……」
 そういい、チラッとヴァトルダーが入っているトイレを見た。
ラエン「結構固そうだな、あれ。何十秒かは持つか……。よし!」
 ラエンは赤甲冑の騎士の方へ向き直り、叫んだ。
ラエン「いいか、よぉく聞け! お前が探しているヴァトルダーは、あのトイレの中だぁ!」
 指先がトイレの方をビシィッ! と指す。
赤甲冑の騎士「う゛ぁとるだー……見ツケタゾ……。クククク……」
 ガシャッ、ガシャッ。
 ラエンには目もくれず、一路トイレを目指す。
ラエン「じゃ、しばらく頑張ってくれぃ!」
 ビシィッ! と恰好を付ける(んな事する間に早く行け!)。
 てな訳で、ラエンはローゼン達を呼びに走っていった。当然、残されたヴァトルダーはたまったものではない。
ヴァトルダー「う、裏切り者ぉーっ!」
 と言う絶叫も、虚しくトイレに響きわたる。
ヴァトルダー「ああ、神よ……」
 と祈ろうにも、ヴァトルダーには祈る神がなく、それ以前に信仰心がなく、
ヴァトルダー「金をやるから見逃してくれー!」
 と言おうにも、金がない。
赤甲冑の騎士「フハハハ……探シタゾ、う゛ぁとるだー……」
 そういい、赤甲冑の騎士は扉に頬ずりをする。見ているだけでも気色悪い。
ヴァトルダー「○▼◆×◎!」
 頭の中で何かが吹っ切れたようだ。すでに錯乱状態である。
赤甲冑の騎士「デハ、命ヲモラウトスルカ!」
 赤甲冑の騎士は真っ赤なグレート・ソードを構え、振り下ろした。
 ガキーン!
 密室であるトイレに、金属のぶつかり合う音が響く。壁はグニャリとへし曲がってしまった。
ヴァトルダー「……」
 ショックで漏らしている戦士V。
赤甲冑の騎士「ウワハハハハ!」
 再び剣を振り下ろした。その時!
 ブウゥゥン!
赤甲冑の騎士「何ダ!?」
 赤甲冑の騎士が振り返った。その頭を、グレート・アックスが直撃する。
 ガッ!
 赤甲冑の騎士の頭を覆っていた仮面が吹っ飛んだ。
 カラカラ……。
 仮面はそのまま地面に転がる。
ラエン「間に合ったようだな」
 おいしい所を取っていくラエン。
ヴァトルダー「た、助かったぁ……」
 安堵のため息を漏らす。
ローゼン「こいつが赤甲冑の騎士か……。なるほど、悪趣味な鎧を着てやがる」
赤甲冑の騎士「オ前タチカ……」
 赤甲冑の騎士は、ゆっくりとこちらを振り向いた。
ローゼン「!?」
 仮面の下の素顔は……骸骨だった。幾分新しい。
ローゼン「こいつは……」
ラエン「この間のあいつさ。多分、な」
ローゼン「ベオディア……か」
フィップ「うー……」
 フィップは後ろへ下がった。
ローゼン「あー、やだやだ。人間、あんなになってまで生きていたくはないな」
ラエン「やっぱ、この前のあれじゃあ死に切れないか」
フィップ「ああ、例のタコ殴りね」
 うん、あれはあんまりだ。実に哀れに思う。
ラエン「それにしても、この前とは感じが違う。殺気をビンビンと感じるぞ」
ローゼン「……ってことは、だ……。ラエン、これを使え」
 そういって取り出したのは、例の“ヴァトルダーご愛用・抜くと血走るグレート・ソード”である。
ラエン「ふむ……」
 手に取って軽く振った後、鞘から剣を抜いた。
ラエン「ん!?」
 全身がビクン、と震える。
ラエン「なるほどねぇ……。こいつは、使いこなすのが大変そうだ。一般市民にこんなもんを持たせたら、偉いことになっちまう」
 ヴァトルダーは本能が赴くままに剣を振り回すので、決してこんなことは考えない。
ラエン「これなら……いける!」
 そう叫ぶとラエンは“赤甲冑の騎士”ベオディアへ飛びかかった。
ラエン「はあっ!」
 軽々と剣を振り回す。この剣は持つとかなりスピードが殺されるのだが、今のラエンはそんなことを微塵も感じさせない動きをしている。
 キィン!
ベオディア「貴様……デキルナ……」
 そういいつつも、ベオディアはラエンの繰り出す剣を受け止めている。
ラエン「つあっ!」
 気合とともに、ベオディアの真っ赤な剣を吹っ飛ばした。
ベオディア「ヌゥッ!?」
 あわてて身を引く。が……。
ラエン「遅いっ!」
 ザンッ……!
 次の瞬間、ベオディアは甲冑ごと真っ二つに切り裂かれていた。

ローゼン「いやぁ、お見事っ!」
 パチパチ……。
 他の連中も拍手を送る。
フィップ「すごいすごい!」
ダッシュ「さすがだな……」
ラエン「いやぁ、こいつぁどうも……」
 と、鞘に剣を収めながら照れるラエン。
ラエン「しかしフォルめ、死人を再利用するとは……」
 そのフォルも元“死人”である。
ローゼン「いや、これはベオディア個人の恨みからだろう」
 と、ローゼンは否定した。
ローゼン「だいたい、ヴァトルダーだけを狙ってきたんだ。きっと、あれが原因でアンデッドになったんじゃないか?」
ラエン「ああ、あれ……」
 この“あれ”とは、ベオディアをタコ殴りにして倒した際、ヴァトルダーが個人的に後々のことを考えて(面白半分にという説もあるが)火葬にしたことを指す。もし火葬にされていなければ、甲冑の中身は生身(でも死んでるけどね)のベオディアだったかも知れない。
フィップ「ね、ヴァトルダーは?」
ラエン「おっと、そうだった。あいつならトイレの中だ」
 皆がトイレの前に駆け寄り、ラエンが剣先を使って扉をこじ開けた。
ラエン「ふんっ!あ……」
 ……沈黙の後……爆笑!
 以後、ヴァトルダーは事ある毎に今回の“お漏らし事件”のことを言われるようになる(だろう)。

ざ・ばんぱいあ

 フォルが闇神殿から新しい闇神殿へ移動してから一ヵ月。フォルは、打倒ヴァトルダー(この男にとって現在、ティグ等他の皆様は二の次となっている。それほど前回最後の怒りは凄まじかった)をなし遂げるべく作戦を一人で練っていた。実に不気味な雰囲気が漂っている。
フォル「闇司祭を腐るほど送るのもいいですね……。まったく楽しいですよ、彼らと遊ぶと……クックックッ」
 フォルがそのような事を考えていると、ザーティ(忘れた方の為に……この人はシャーマンです)が部屋へ入ってきた。
ザーティ「フォル様」
フォル「おや、ザーティ。どうしたんですか?」
 この言葉遣いだけを見ると、ティグとフォルはそっくりなんだけどなぁ。
ザーティ「はっ。先日から思案されている件ですが……」
フォル「どうやって奴らを痛めつけるか、ですか?」
ザーティ「はい。やはりここは、とっておきの吸血鬼を送り込むのが妥当かと思われますが……。あれなら何度死んでも“邪な土”さえあれば復活できますし……」
フォル「そうですね。ではバーウェンに、保管してある棺桶を例の旧闇神殿へ運ばせておいて下さい」
ザーティ「かしこまりました」
 ここらで説明を一つ。
 吸血鬼とは3種類。古代王国期の最高級の霊術師(ネクロマンサー)が、自らをアンデッド化した存在がノーライフキング(これはそうザラにはい
ない)。暗黒神のしもべの中から自然発生的に現れたものがバンパイア。そして、これらの吸血鬼に血を吸われたり、精神点を奪われたものが、レッサー・バンパイア(レッサー・バンパイアに血を吸われても誕生する)。ノーライフキング、バンパイアの負の生命は『邪な土』と呼ばれる土に強く結びついていて……以下省略。詳しいことは『ソードワールドRPG上級ルール分冊2(富士見書房)』をどうぞ(あ、宣伝してる)。重要なのは、何回死んでも(元々アンデッドは死んでいるが)1日後には「邪な土」のある場所で完全復活するということである(これが言いたかった)。今回使用(!?)されるのは、バンパイアである。

 新闇神殿・最深階に、バーウェン&その指揮下のソーサラー数名が集結していた。
バーウェン「では、始めるぞ」
 バーウェン&その他が呪文を唱え始める(別に声は揃っていない)。
バーウェン「テレポート!」
 説明はたぶん無用だろう。目標を瞬間的に移動させる魔法である。
 片っ端から、辺りにあった柩が消え始める(一度につき1つである)。とてもではないが、一人で数十個ある柩を移動させることはできない(精神力が持たない)ので、多人数でやっているわけだ。
 ……まもなく。
バーウェン「これで最後だ……!テレポートぉ!」
 ビュン!バッタリ……。
 後に残ったのは、精神力を使い切って使い物にならなくなったソーサラーが数名。

 場所は変わって、クレイン・ネットワーク本社内・ティグ宅。ティグ&ヴァトルダー一行は、ティータイムを楽しんでいた。
ティグ「まあ、無事で良かった。ラエンを行かせておいたのは正解でしたね」
ラエン「まったく、いきなり出るとはな。それにしても、人の恨みって奴ぁ怖いもんだ」

ティグ「そう言えば、ヴァトルダー君は元気がないですね。何かあったんですか?」
フィップ「へへー、ティグさんとリーハさん以外の人みんなに弱みを握られてるからねー」

ティグ「ほほぅ、いったい何を?」
フィップ「あのねぇ、ムグムグ……」
 喋ろうとするフィップの口をヴァトルダーが塞ぐ。
ヴァトルダー「余計なことは言うな……」
 いつになくマジな顔つきである。確かに、本人にとっては深刻な問題であるが……。
ローゼン「実はですね、ゴニョゴニョ……」
 ローゼンがティグに耳打ちをする。
ティグ「ほほぅ、あのヴァトルダー君がねぇ……」
 思わず笑み―いわゆる嘲笑―を漏らす。
ヴァトルダー「ああーっ!言いやがったな、ローゼン」
ローゼン「うん、言ったよ。いやぁ、結構面白いな、こういうのって」
 ローゼンとはこういう奴である。
ヴァトルダー「うぬぬぬ……。いいかローゼン、絶対にリーハさんには言うなよ!!」
ローゼン「あ……ああ、言わない言わない、絶対言わない」
 心の中で“俺はね”と思うローゼンである。
ヴァトルダー「よし……。あ、リーハさん、何でもないですからね……(ピキーン)」
 ひくぅッ!
 凍りつくヴァトルダー。その視線の先にあるものは……リーハの笑顔(勿論嘲笑)。
横ではティグが耳打ちをしていた。
リーハ「……クスッ☆」
 その一言が、ヴァトルダーの図太い神経を修復不能なまでにズタズタに引き裂く。
ヴァトルダー「あー……」
 バッタリ。目には涙。
ヴァトルダー「ううっ……。何たる屈辱……。お、女に笑われた……(ガクッ)」
 あ、差別発言。
リーハ「おや……ヴァトルダーさん、どうしたんですか?」
 原因はあんただよ。
ティグ「おやおや、楽しみを皆で分かち合おうと思ったのですが……。約一名、悲しんでいる方がいるようですね」
 そ、そういう考え方もあるか……。
ティグ「ま、このままほっとくのも邪魔ですね。リーハ、寝室へお連れしなさい」
リーハ「はい」
ローゼン「ダッシュ、運ぶぞ」
ダッシュ「うむ」
 引きずられ、寝室へ連れて行かれるヴァトルダー。彼はこの後一昼夜、昏睡状態に入ることになる。
ティグ「ささ、皆さん。つまらない事は忘れて、ケーキでもどうぞ」
フィップ「わーい」
 ヴァトルダーが倒れたことって、つまらないこと……だな、うん。
ラエン「ん、こりゃうまいな。しかし、うちの支部にはこんなのおいてなかったが……」
ティグ「そりゃそうですよ。あなたの所は基本的に薬品を扱ってるでしょ?これは料理部門の商品ですからね」
おいてないことぐらい、普通わからないか?
ティグ「ではご紹介しましょう!これが新発売の“クレインのおいしいケーキ”です」
センスが疑われるネーミングだ。
ローゼン「やれやれ、重い奴だな、ヴァトルダーは……。おっ、うまそうなケーキ!」
 リーハとローゼンとダッシュがヴァトルダーを寝室に(半ば放り出す形で)寝かせて帰ってきた。さっそくローゼンがケーキを見つける。
ティグ「さあ、どうぞどうぞ」
ローゼン「……うん、いい味だ。この程よい甘さがなんとも……」
 批評を始めるな。
ローゼン「これはいいよ、うん。なぁ、いくらだ、これ?」
ティグ「え?ほんの3000ガメルですが」
 ブゥッ!
 思わずローゼンが吹き出す。
ローゼン「今食べたのが……3000ガメル?」
ティグ「あ、御心配なく。お金は頂きませんよ」
 そりゃ、これで金を取ったら詐欺である。
フィップ「た、高い……買えることは買えるけど」
ダッシュ「金銭感覚は、我々の常識をはるかに越えているな」
ティグ「そんなに高いですかねぇ。うーむ、知らなかった……」
ラエン「俺たちはもう慣れっこになってるが……」
 ティグ達とローゼン達の間に壁が見える……。
ティグ「ま、いいでしょう」
 何がいいんだ?
ティグ「ところで、あなた方はこれからどうします?」
ローゼン「と言うと?」
ティグ「ここにしばらくいますか?」
ローゼン「うーん、どうだろう。なぁ?」
フィップ「別にどっちでもいいけど」
ダッシュ「ヴァトルダーが正気に戻るまでは、ここにいる方がいいと思うが?」
 と言うことは、ヴァトルダーは今狂っている、というのだな? 違うとはいわないけど。
ローゼン「だよなぁ。じゃ、お聞きの通りです、ティグさん」
ティグ「わかりました。では、2階の部屋をお使い下さい」
ローゼン「ああ、こいつぁどうも」

 その翌日の夜。
警備兵A「まったく、夜は冷えるなぁ」
警備兵B「ああ、まったくだ。こんな日は早く帰りたいぜ。どうせ何も起こりっこないんだからよ……ギャアッ!」
警備兵A「おいっ、どうした!……うわぁっ!逃げろぉっ!」
警備隊長「何事だ!」
警備兵A「た、隊長っ!ば、化け物ですっ!真っ赤な目をした!」
警備隊長「何っ!?まさか、バンパイアか……?おいっ、お前っ!」
警備兵C「はっ!」
警備隊長「非常事態だっ!すぐに神殿へ行き、応援を頼んでこい!ここから一番近いのは……」
警備兵D「ラーダ神殿です!」
警備隊長「よし、ラーダ神殿へ応援を頼んでこい!」
警備兵C「了解しました!」

ティグ「何やら外が騒がしいですね。何事ですか?」
 決算を処理していたティグが呟く。
ラエン「ちょっと様子を見てくる」

 ラエンが外に出ると、辺りは逃げ惑う人でいっぱいだった。
ラエン「おい。何かあったのか?」
一般人「バ、バンパイアが出たらしい!あんたも早く逃げた方がいいぞ!」
ラエン「バンパイア……?」

ティグ「何と、バンパイアですか……。厄介ですね、それは……」
ラエン「何です、バンパイアって」
ティグ「また今度説明しますよ。ちょっと上へ行って、皆さんを起こしてきて下さい。久しぶりに力を使えそうですね」

 一行が現場へ着くと、警備兵はほぼ全滅に近い状態だった。隊長を失った警備兵はなす術を知らず、統制が取れないままやがては殺されていった。
ティグ「まだ司祭の方は誰も来ていませんね」
リーハ「私がいます」
ローゼン「俺も一応そうなんだが……」
ティグ「ま、そりゃそうですけど……」
ラエン「バンパイアなんか、俺に任せなって。行くぜぇっ!」
ティグ「あっ、待ちなさい! ファイア・ウェポン!」
 ラエンのグレートアックスが、真っ赤な炎に包まれた。
ティグ「奴らには、普通の武器は効かないんですよ。銀製か、あるいは魔法がかかっていないと……」
ラエン「サンキュ、ティグさん!」
 何も知らない分際で、よく「俺に任せな」などと言えたもんである。
 ラエンがバンパイアの群れに突っ込んでいく。
フィップ「無茶するなぁ」
 はっきり言って、今回は何もできないフィップ。
ローゼン「さて、ダッシュにリーハさん、俺たちもそろそろ行きますか」
リーハ「そうですわね」
 ローゼン達三人が、呪文の詠唱を始める。
ダッシュ「ターン・アンデッド!」
リーハ「同じくターン・アンデッド!」
ローゼン「も一つターン・アンデッド!」
 ダッシュとローゼン、リーハのかけたターン・アンデッドによって、あるものはバーサークし、あるものは恐慌に襲われ、あるものは逃げ去り、あるものは凍りつき、大半は崩れ去った。残ったバンパイアは8体だ(これでも十分多いけど)。
ティグ「では……私がいきますか」
 杖を持ち、呪文を唱える。
ティグ「アシッド・クラウド! 5倍!」
 何という無茶な使い方! と思いきや、しっかりと魔晶石を持って来ている。当然、今ので崩れ去ってしまった。
 バンパイアの周りの空気が一瞬、猛酸性に変わる。その範囲内に、哀れなるかなラエンもいる。
ラエン「グゥッ!」
 バンパイアも苦しむ分、ラエンも苦しむ。少しは考えろよ、ティグ。あ、ピクついてるピクついてる。
 まだバンパイアは8体とも健在(でもないけど)している。
ラエン「うおーっ!」
 ブシャッ!
 気合とともに首が飛ぶ。一匹終わりっ!
リーハ「大変そうですわね」
 いつの間にか、リーハがラエンの横に立っていた。
ラエン「おい、こんな所に来ると危ねぇぞ」
リーハ「大丈夫です。あなたがいますから……」
ラエン「おいおい……ま、いいけどよ」
 と話している二人の周りをバンパイアが囲んだ。
ラエン「おっと、リーハには指一本触れさせはしねぇぜ」
 身を以てリーハをかばう。
ラエン「しかし、こんな所へ来て何をやらかそうってんだ、リーハ」
リーハ「まあ、見ていて下さい。ちょっと痛いかも知れませんけど、辛抱して下さいね。……フォース・イクスプロージョン!」
 フォース・イクスプロージョンは、フォースを無差別に拡大したものである。
ラエン「いってーっ!何で俺ばっかし……」
 またも被害を被るラエン。バンパイアもボロボロだが、ラエンも同じだけボロボロである。
バンパイアA「けけ……クリップル!」
 クリップルとは暗黒魔法で、体の一部の自由を奪い去る呪文である。
 ガクンッ!
 止めに、不幸なラエンは足の自由を奪われた。
ラエン「な……何だ、今度は!?」
 何も知らないラエンは、ただただ不思議がるばかり。
バンパイア「もらったぞ!」
 ここぞとばかりに、バンパイアが襲いかかった。
ラエン「ぬうっ!」
 必死に防ぐが、足が動かない分だけ不利である。
 ブシッ!
ラエン「うぐぁッ!」
 やはり攻撃を受けてしまう。

 高見の見物をしているティグが呟いた。
ティグ「まずいですね……。バンパイアの攻撃だけならともかく、アシッド・クラウドにフォース・イクスプローションまで食らってますからねぇ。下手すりゃ死んじゃいますよ」
ローゼン「……あんたも加担してたんだぞ、ティグさん。さっさと何とかしないと、このままじゃあやばいぜ」
ティグ「ですよねぇ。……って、あなたがキュアー・ウーンズをかければいいんじゃないですか?」
 ……。しばしの沈黙。
ローゼン「あ、そっか。キュアー・ウーンズ、5倍!」

 シュッ!
ラエン「おおっ、傷が治っちまった。やれやれ、助かったぜ。……とは言え、まずいよなぁ、この状況」
 周りはバンパイアだらけだからなぁ。

ティグ「うーん……。何か手はありませんか、セダル」
セダル「やっと出番が回ってきたようですね。お任せを、ティグ様」
ティグ「何かいい手がありますか!?」
セダル「そうですね……。こんなのはどうでしょう。大地の精霊ベヒモスよ……クラック、7倍!」
 クラックは7レベルの精霊魔法で、足元の地面を陥没させて深い地割れを生じさせ、そうしてできた開口部に相手を落とす呪文である。当然、魔晶石無しでは7倍などという芸当はできない。

 地割れによって、ある意味では喜ばしいことにバンパイアは全部落ちてしまった(全身が落ちるって訳じゃなく、一部が埋もれるって程度である)。ついでにラエンとリーハも落ちてしまったが。
ラエン「こらぁ、誰だぁ、俺たちまで巻き込んだのは!」
リーハ「セダルさんですわね、これは」
ラエン「あの野郎……やっと出てきたのか」
セダル「今頃で悪かったな」
ラエン「あ、いやぁ、その……早くここから出して☆」
ローゼン「おい、早く逃げるぞ!」
ラエン「何で?どうせ奴らは自力では抜けられそうにないし……」
ローゼン「お前の足、何で動かないのかなー?」
ラエン「魔法……か?」
ローゼン「そういうこと。よいしょっ……と。少しは減量したほうがいいぞ、お前」
ラエン「はいはい、わかったよ。さっさと行こうぜ」
バンパイア「おのれ……」
 なす術もなく、一夜を明かすことになったバンパイアであった。

 夜が白々と明け始めた。
ティグ「もうすぐですね」
リーハ「ええ」
 太陽が昇ると、バンパイアは苦しみ始めた。そして、やがて消えてしまった。
ローゼン「太陽が弱点、か……。とりあえず、日が沈むまでは大丈夫だな」
ティグ「再生には丸一日かかるらしいですから、明日の夜ぐらいまでは大丈夫だと思いますよ」
セダル「何にしても、早く邪な土を見つけないと……」
ラエン「何だ、そりゃ?」
 神聖魔法のリムーブ・カース(呪いを解く魔法)によって足の自由を取り戻したラエンが聞く。
ティグ「全部まとめて、後で説明しますよ」
ラエン「そりゃどーも」
ティグ「それにしても、司祭という司祭が誰も来ないのは何故でしょうねぇ?」
怖いからじゃない?
 突然、ティグは背後に殺気を感じた。
ティグ「……誰です?」
ザーティ「よくもやってくれたなぁ……。お陰で、俺の面目は丸潰れだ」
ティグ「そりゃ可哀相に」
ザーティ「この借り、返させてもら……」
 ゴン。
 パッタリ。
 ピクピク……。
 いつの間にか、ヴァトルダーがザーティの後ろにいた。手には棒切れが握られている。

ティグ「おや、ヴァトルダー君、もう気分の方はよろしいので?」
ヴァトルダー「まだ最悪だよ……。それよりこいつ、誰だ?」
ティグ「ああ、フォルの部下でしょう、きっと」
ヴァトルダー「そうか……」
 何を思ったか、ヴァトルダーは足でザーティを蹴り倒し始めた。
 げしっ!げしげしっ!
ティグ「何をするんです!兄の居場所を聞くチャンスなのに!」
ヴァトルダー「ふぅ、スッとした。気分を晴らすには、弱い者苛めが一番!」
ティグ「もう、やめて下さいよ」
ヴァトルダー「ああ、もうやらねぇよ」  肩を竦めるヴァトルダー。 ヴァトルダー「。だってもう死んでるもんなぁ」
ティグ「だぁー!」
 そのままぶっ倒れるティグ。今度寝込むのはこいつか……。

怒りのフォル!

 バンパイア来襲事件の翌日、ティグ宅。
ティグ「さて、これから皆さんには、兄のいた地下遺跡へ行ってもらいます」
ローゼン「そりゃ、何故だ?」
ティグ「バンパイアが、オランへ日に当たらずにやって来られる場所は……?」
リーハ「あそこぐらいですわね」
ティグ「ええ。では、そういうことで」
ローゼン「結構大変そうだな。多分迷うぞ、あそこは。俺個人としては、あまり行きたくないな」
ダルス「このダルちゃんに任せなさーい!」
 おお、今まで忘れていた。
ローゼン「んん……」
 不安げなローゼン。
フィップ「何なら、僕とダルスとで行ってこようか?」
ティグ「大丈夫ですか?」
ティグまで不安になる。
フィップ「多分大丈夫じゃない?保証はしないけど」
ローゼン「ま、それなら頼むか」
ラエン「俺たちゃゆっくりと休ませてもらうか、な」
フィップ「どーぞどーぞ」
 本当に大丈夫かな……。

 3時間後、オラン地下。
ダルス「おう、ここだ、ここ」
 やるな、ダルス。
フィップ「わー(パチパチ)」
 拍手するフィップ。
フィップ「ここにあるのかな、邪な土」
 中に入っていくフィップ&ダルス。
ダルス「!」
 一歩足を踏み入れた途端、足元の土がただの土でないと悟ったダルス。さすがシャーマン兼ソーサラー。
ダルス「邪な土がずっと敷きつめられている……」
フィップ「ふーん、これが……」
ダルス「まだ1日は過ぎていないな」
フィップ「大丈夫、もうちょっとあるはずだよ」
ダルス「では……」
フィップ「やる?」
 二人で見つめ合って微笑む。フィップが青年だったら、これほど不気味な光景はない。
男と男がじっと見つめ合う……想像したくないものがある。
ダルス「よっ……」
 ダルスが、背中に背負った樽を下ろす。結構重そうだ(と言っても、ダルスが持てる程度のものだが)。
ダルス「フンフンフン……♪」
 鼻唄を歌いながら、ダルスが中の液体を邪な土の上にかけていく。
フィップ「そんなもんでいいんじゃないの?」
ダルス「うむ、これで終わりだ」
 残った液体を全部かける。
フィップ「さ、早く」
ダルス「よし……」
 ダルスが邪な土から離れ、入口へ戻る。
ダルス「ちょっとランタンを貸したまえ」
フィップ「はいはい」
 フィップからランタンを受け取ったダルスは、呪文の詠唱を始める。
ダルス「炎の精霊サラマンダーよ……ファイア・ボルト!」
 ランタンから火線が走る。
 ボワッ!
 邪な土が炎に包まれた。
フィップ「わー、燃える燃える」
ダルス「これでよし、と」
 ニヤリと笑みを漏らすダルスだった。

フォル「ほ、ほう……」
 静かに、しかし力強くフォルが言う。
フォル「バンパイアは全滅、さらに邪な土まで焼き払われた、さらにザーティまでも命を落とした、と言うのですね……?」
ハーダム「は、はい……」
フォル「馬鹿者!」
 珍しく感情を露(あらわ)にするフォルに、側に控えていたハーダムとバーウェンがビクッ!と体を震わせる。
 に、しても……。自分だって賛成したくせに、叱ることはないだろう。そのうち部下をなくすぞ。
フォル「あれは取っておきだったのに……。まあいいでしょう。次の作戦はもう決めました」
バーウェン「と、言いますと?」
フォル「お前たち二人で、ティグを暗殺しなさい。頭さえ潰せば、後はどうにでもなります……。最悪の場合、ハーダムは例の手を使うのですよ」
ハーダム「は、はぁっ!しかしフォル様、ティグと言えば貴方様の弟君では……」
フォル「弟、ですか……。あいつとは、もう兄でもなければ弟でもない、ただの赤の他人ですよ。つまらないことを考えずに、言われた通りにしていなさい」
ハーダム「は、はい」
 冷酷だな、フォル。……しかし、ティグはいつリーダーになったんだ?

闇司祭、最後の手段!

ティグ「ではラエンさん、しばらく頼みますよ」
ラエン「ああ、安心して行ってきな」
 今、ティグはオランの西、エレミアへ旅立とうとしていた。
ラエン「しかし、誰か連れていった方がいいんじゃねぇの?一人だと何かと不便だし、何かあった時の為にも、な」
ティグ「なーに、心配いりません。バンパイアは多分、奥の手だったでしょうからね。当分はなす術がないはずです。勿論、最後の勝負をかけるとかいうのであれば話は別ですが……」
 かなり近い。
ラエン「そっか。それならいいな。じゃ、早く帰ってこいよ」
ティグ「そうしますか。では」
 従者を2人ばかり連れ、ティグはラエンらと別れた。
ヴァトルダー「何しに行くんだ、あいつ?」
 ようやく心の傷も癒えたヴァトルダーが聞く。
ローゼン「ああ、エレミアに支部を作るんだそうだ。まったくこんな時に、何を考えているんだか……」
リーハ「何か不吉な予感がしますわ……」
ヴァトルダー「フッ、お嬢さん、大丈夫ですよ。それより向こうでお茶でも……」
リーハ「えっ、ええ……」
 他の連中は爆笑している。リーハも笑っているという意味では例外ではないが、こちらは笑っては失礼だという常識的な感情を持っている為に微笑んでいる程度だ。当のヴァトルダーは「よっ、お似合いだ!」という感情の表れで、リーハの微笑みも照れ隠しだと思ったようだ。
ヴァトルダー「フッ、お前ら、サンキュー☆」
 この言葉の終わりざま、ウインクまで飛ばしている。こんな行動を取るとは……ウーム。
 しかし、ヴァトルダーの下らない言葉で立ち消えとなったリーハの予感は、不幸にも当たることとなる。責任とれよ、ヴァトルダー……。

ティグ「……何を隠れているんです?そろそろ出てきなさい」
 街道のど真ん中で、ティグは独り言のように呟いた。
バーウェン「とっくにお見通しって訳だ」
 従者が身構える。と、横の茂みの中から例の二人が出てきた。
従者A「……ティグ様!?」
ティグ「離れていなさい。危ないかも知れませんよ」
 二人の従者はティグの言葉を受け、後ろに身を引く。
バーウェン「おうおう、部下を思いやる大将、か。泣かせるねぇ。だが……」
 バーウェンは唐突に呪文の詠唱を始める。
バーウェン「……ブレードネット!」
 ブレードネット。7レベルの古代語魔法で、魔法の網で絡めとり、相手の動きを束縛し、加えて網が剃刀の刃の鋭さを持っているためにダメージまで与えてしまうという、ある意味おいしい魔法である。
従者B「ぎゃあっ!!」
 その網が、従者の一人に絡みつく。瞬間、肌の露出した部分から鮮血が迸る。
バーウェン「魔法なら下がらせてもどうしようもない、な」
 そう言い、不気味な笑みを漏らす。当然、ティグは怒る。
ティグ「しばらくじっとしていなさい! そのうち楽になります」
 従者の顔色が悪くなる。この言い方ではまるで「もうすぐ死にますよー」とでも言わんばかりだ。が、ティグが言いたかったのは「動かなければダメージを受けることはありませんよ」ということである。今ので、従者Aは恐れをなして逃げてしまった。
ティグ「まあ、よくもやってくれましたねぇ。しっかりと償いはしてもらいますよ」
バーウェン「ほほう?さ、どうぞどうぞ。ドーンとやってみな」
 挑発するバーウェン。
ティグ「では、お言葉に甘えて……」
 呪文の詠唱が始まった。それを聞いたバーウェンの顔色が変わる。
バーウェン「え?ちょ、ちょっと待て!頼む、やめてくれぇっ!」
ティグ「聞く耳持ちませんっ!」
 そう言い、ガッとバーウェンの肩を掴む。
ティグ「ギアスっ!!」
 ……あーあ、呪われちゃった。呪いの内容は……「決して私に逆らうな!」である。
バーウェン「どわわわわぁー!」
ティグ「これでもう、使いモンにはなりませんね。さ、次はあなたの番ですよ」
 横でことの成り行きを見ていたハーダムは、フーッとため息をつく。
ハーダム「……アホか、こいつは」
ティグ「いけませんねぇ、ファラリスに仕えているとはいえ、あなたは仮にも司祭でしょう? 人を馬鹿にするような言葉は……。ま、事実ですけどね」
 あれだけ大胆なことをいって呪いを掛けられていては、まったく世話がない。
ハーダム「ま、あいつはおいといてだ……。俺は、あんたを殺すために手段を選ばぬことにした」
ティグ「そいつは困りましたねぇ……。命懸けで来られるってのが、一番つらいんですよ」
ハーダム「だろうな……。多分俺も死を免れることは出来ん。お前もだがな……」
ティグ「……フル・ポテンシャル!」
 フル・ポテンシャルとは……、簡単に言えば、人間の肉体的な潜在能力を最大限まで高める呪文である。
ハーダム「無駄だ、無駄無駄……。そろそろ死ぬ覚悟をしておけ……」
 そう言い放ち、低い声で呪文の詠唱が始まる。
ハーダム「こいつの体なら、1分しか持たんだろうな……」
 チラッとバーウェンを見て言う。
バーウェン「や……やめろぉ!」
 バーウェンが怯えている。ハーダムの行おうとしている何かに。
ハーダム「さらばだ、バーウェン! 元気でな! ……といっても、精神は破滅してしまうが……では……コール・ゴッドぉ!」
 説明は後で行う。
ティグ「な……何と!」
バーウェン「ぐはぁっ!」
 次の瞬間……ファラリスが召喚された。

 まもなく、逃げ出した従者の耳に、もう一人の従者の、ティグの、そしてハーダムの断絶魔の叫び声が聞こえた。
従者A「ティ……ティグ様ぁ!」
 居ても立ってもいられず、走りだす従者。その従者が見たものは、ハーダムの、そしてティグの惨殺体であった。もう一人の従者の姿はそこにはなく、ただ跡形だけが地面に残されていた……。

フォル夢無惨

ラエン「何てこったい……ハァ」
 ラーダ神殿で、ラエンがため息を漏らす。
ヴァトルダー「まぁ、気を落とさんこった。死体が無事……でもないけど、あっただけ儲けもんだ」
 現在、ティグを蘇らせるために儀式が行われている。チャ・ザ、マイリーなどの宗派に関わりなく、オランにいる司祭全部が集められている。これだけの事をするには、当然かなりの金がいる(そりゃもう、とてつもなく莫大な!)。やっぱり、世の中金だと思う一行であった。
ローゼン「多分、ここまでしなくても一発で生き返ると思うんだが……」
ダッシュ「より確実性をますためだそうだ。ま、祈ろう。マイリーの御加護があらんことを……」
 しかし、ティグはチャ・ザを信仰している。
ラエン「ところでセダル、ティグさんについていってた、あの従者は?」
セダル「ああ、あれならあれっきり寝込んでるらしい。ま、自責の念がそうとう強いようだからな。仕方あるまい」
ラエン「しかしまあ、何だな。ティグさんが殺られちまったのはともかく、敵まで全滅したってのは納得いかねぇな」
ローゼン「いや、多分ファラリスが生贄とでも勘違いしたんじゃないか?」
 おい、仮にもファラリスは神だぞ。
ラエン「そう言やぁ、結局フォルの奴は尻尾を出さなかったな」
セダル「そうだな……」
フィップ「ねね、ラエン」
ラエン「ん?」
フィップ「囮になってみない?」
ラエン「はぁ?」

新・闇神殿。
フォル「ほう、ティグが死んだあとは、ラエンなる戦士が後継者に……。そうですか。ティグなき今、そのラエンという戦士が立った所でどうにもなりませんよ。しかし、まあ念のために潰しておきましょうか。奴らに闇神殿の場所を教えてやりましょう。そして、ここで一網打尽です……」
 フィップの言った囮とは、要するにラエンに後継者として名乗りを上げさせ、相手に命を狙わせておびき出そう、という意味である。
 部下の報告を真に受けたフォルは、ティグを殺したことに油断して自ら戦闘に出ることにした。「フッ、馬鹿め……」と、ヴァトルダーが言いそうな状況である。
フォル「クアーッハッハッハッ!」

ヴァトルダー「フッ、馬鹿め……」
 と、先ほどの予想を裏切らないヴァトルダー。あの後、フォルの使者なるものが地図をご丁寧に届けてきたのだ。
ヴァトルダー「場所さえ分かればこっちのもんだ。一気に殴りこんでやる!」
ローゼン「まあ待て、そう慌てるな。仇を討ちたいという気持ちは分からんでもないが……」
ヴァトルダー「いや、名誉挽回したいだけだ」
ローゼン「くぅ、こいつって奴は……」
 思わず頭を押さえるローゼン。
ローゼン「俺、パス。セダル君、かわってくれ」
セダル「いいですか。まだティグ様は完全に動けるようにはなっていません」
というわけで、既にティグは生き返ってる、リザレクションで。リザレクション、ああ、 何と理不尽な呪文(ま、確かにフォルの生き返らせ方にもかなり理不尽な所はあったが……)。効果はいうまでもなく、死人の復活!であるが、普通に動けるようになるには1週間かかる。
セダル「……で、あるからして、まともに動けるようになってからドッカーン!とやってやれば、相手は油断していますから確実に勝てる……と」
ローゼン「そういうことだ」
ヴァトルダー「なるほど、読みが深いねぇ。が、しかぁし!戦士は、そんなまどろっこしいことをするのは性分に合わん!なぁ、ラエン!」
 お漏らしする奴が何を言う……。
ラエン「うむ、そうその通り!」
 こいつら、きっといい茶飲み友達になれるだろう。
フィップ「じゃ、二人で先に行けば?」
ヴァトルダー&ラエン「え゛?」

ラエン「お前が……ゼェゼェ……余計なこと……ゼェゼェ……言うからだぞ……」
ヴァトルダー「んなこと……ゼェゼェ……言ったって……」
 単細胞二人衆は、ほんとに闇神殿に二人っきりで殴り込みをかけた。相手も油断していたのは事実だが、まあいるわいるわファラリス信者が。それも雑魚ばっかり。お陰で二人は身も心もボロボロになっている。辺りにはウジャウジャ転がる死体の山。
ラエン「お前……何人目だ……?」
ヴァトルダー「おう、よくぞ聞いてくれた……。132人目だ……」
ラエン「やっぱり俺の勝ちだな……。俺は244人目だ……」
ヴァトルダー「う、嘘付け〜!! よぉし、それならこれから逆転してやるわー!」
ラエン「おう、出来るもんならやって見ろ!」
……元気になってる。何たる底力。

ヴァトルダー「349人目だー!」
ラエン「384人目だ、こっちは!」
ヴァトルダー「くっそー、もう少しだぁ!」
 あれから一時間後。まだやってる……。
ラエン「ん!?あそこに偉そうな奴がいるぞ!」
ヴァトルダー「よぉし、あいつは50人分ってのはどうだ!?」
ラエン「それじゃ俺が逆転されちまうだろが!」
ヴァトルダー「はい、決まり!」
ラエン「あーっ、きったねーっ!こうなりゃ俺が殺ってやる!」
 で、前にいるのは……フォル!
フォル「ハッハッハッ!よく来たな、ティグの後継者たちよ……」
ヴァトルダー「うおぉー!!」
ラエン「俺のもんだぁー!!」
フォル「ちょ、ちょっと君た……」
 ザンッ!!!
ヴァトルダー「ぃやったぁ!!399人だっ!」
ラエン「あーっ、くっそぅ!……あれ、こいつは……」
ヴァトルダー「今更無しだった、何てのは無しだぞ」
ラエン「こいつ、フォルだ……」
ヴァトルダー「へ?……もしもぉし、生きてますかぁ?」
フォル「お……おのれぇ……グフッ!」
 ……死んじゃった。
ラエン「成仏しろよ……」
ヴァトルダー「こいつぁ、死んでも死に切れんな……」
 いそいそと荷物(フォルの遺体、遺留品、&お宝☆)をまとめ、コソコソと去っていく二人。お前ら、もうちょっと何とかならなかったのか……?

大団円

ティグ「そうですか、無事に……。そりゃよかった」
 まだいくらかは不自由だが、それでも歩けるほどには回復したティグが二人の方を見て言った。
ヴァトルダー「まったく、大変でしたよ。バグベアードは出るわ、ノーライフキングは出るわ、ミスリル・ゴーレムは出るわ、挙げ句の果てにはエルダー・ドラゴンは出るわ……。いやあ、実に大変だった」
 お前、前にもこんな脚色をした事があったな。確か、魔術師王国で……。それより、こっちとしてはこれだけモンスターの名前を知っている事が凄い。大方、「怪獣大図鑑」でも見たんだろう。
ティグ「ハハハ……そりゃ大変でしたね」
 軽く受け流すティグ。この中で話を信じたものは、疑うことを知らないリーハぐらいである。
リーハ「まあ、本当に大変でしたわね……」
 ほら、こんなこと言ってるもん。
ティグ「で、兄の死体と遺留品は?」
ローゼン「ああ、その点は抜かりなく。さっき、焼却しました。もう何も残ってませんよ」
ティグ「ふう……。ようやく肩の荷が下りた気がしますよ。まったくご苦労様でした」
ヴァトルダー「あのぅ……報酬は一つ、お高めに……」
ティグ「……そうですね。あなたへの報酬は……そういやあなた、奴隷が欲しいとか言ってませんでした?」
ヴァトルダー「……言ったけど、それが何か?」
ティグ「ええ。買ってあげましょう」
ヴァトルダー「ほ、本当か!?」
 何て鬼畜な会話。
ティグ「そうですね……3万ガメルもあれば十分でしょう。早速ロマールの闇市場へ行って、探してらっしゃい。はい、お金」
ヴァトルダー「うおお、ティグさん太っ腹!じゃ、行ってくる!」
 そう言い残し、飛び出していくヴァトルダー。
ティグ「さ、邪魔者はいなくなりました。では皆さん、食事にでも行きましょうか?どーんとフルコースを御馳走しますよ!」
フィップ「やったぁ!」
ラエン「さぁて、いっぱい食うぞ!」
ローゼン「程々にしとけよ」
ラエン「さぁ、どうかな?」
 ……その夜ヴァトルダーを除く皆の衆は、心ゆくまで食べ、飲んだという……。

おまけ
ヴァトルダーの娘

ヴァトルダー「やれやれ……」
 あれから数日後。ヴァトルダーは一人、街道をテクテクと歩いていた。
……ドドドドド……。
ヴァトルダー「馬車か?」
 ヴァトルダーの後ろから馬車が迫っている。まだ遠くなのでよくは見えないが、どうやら横に馬が並んで走っているようだ。
ヴァトルダー「……ぁ……あ……ああっ!!」
ローゼン「よっ、ヴァトちゃん、お久し振りっ!」
ラエン「よお、元気だったか?」
 馬上の人はローゼン、馬車を操っていたのはラエンであった。察するところ、馬車の中にはティグ他数名が乗っていると思われる。
ヴァトルダー「……お前ら、何しに……?」
ローゼン「そうだな……お前の趣味を見届けるため……ってとこかな?」
ティグ「おお、それはナイスアイデアですね、ローゼン君」
 やっぱいたよ、ティグが。
ヴァトルダー「ナイスアイデア……?なーんも考えずに来たな、お前ら」
ローゼン「アハハ……ま、いいじゃないか。ほら、その名もなき荷馬を馬車につないで、さあ乗った乗った。旅は道連れってね」
 結局、こうなってしまうのであった。

 ロマール。以前、ヴァトルダーが魔術師ギルドを叩き潰してしまったと言えば、思い出す方もいるだろう。一行はこの地に着き、ラエンやローゼンは魔法の武器を、ティグやフィップは変わった掘り出し物を、それぞれ闇市場で探していた。そして、ヴァトルダーは……。
ヴァトルダー「いいのがいないなぁ……。マッチョマンは怖いし、美人のおねーさん何かいるわけないし……」
 と言うわけで、奴隷探しに夢中になっている。
ヴァトルダー「ふーむ、いないなぁ……うぉっ!?」
 ヴァトルダーが目を付けたのは……12歳ぐらいの女の子である。あと何年かすれば、美人になることは間違いないだろう。
ヴァトルダー「よーし、決めたっ!あの娘にするっ!」
 かわいい女の子に小さいうちに唾つけといて、大きくなって結婚する。人はこれを「光源氏計画」と言う……(実行者の例:ファル○ン(○坊主))。
ヴァトルダー「おっさん、その娘くれっ!」
おっさんA「あい、23000ガメルですよ、お客さん」
 ……で、買い取ったヴァトルダーであった。
ヴァトルダー「で、この娘の名前は?」
 おっさんA「ええと、その娘は……確か、ソローフネート……だったかな。可哀相な身の上の娘でね。大事にしてやって下さいよ」
ヴァトルダー「そうか、可哀相な身の上、か……(こりゃ「光源氏計画」は実行不能かな?)。まかせとけ、大事にするよ。さ、おいでソロー。今日からは俺がパパだ」
 てな訳で、奴隷を買いにきて父親と化したヴァトルダー。まもなくティグたちと合流したヴァトルダーは、いろいろな言葉を浴びせられる。
ローゼン「この人でなしっ!こんな小さい娘を奴隷にするなんてっ!」
ヴァトルダー「なら、大人ならいいのか?」
ローゼン「ぐ……」
ラエン「このロリコン!」
ヴァトルダー「う……(反論の余地がない……)」
などなど。何はともあれ、この哀れなるソローフネートに合掌……。


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