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『ガルティマールの剣』プロローグ

「え? ヴァトルダー達、出払ってるだって?」
 店のマスターに教えられ、ローゼンは小首を傾げた。珍しいこともあるものだ。
「たまに顔を出せばこれだもんなぁ。どうする、ダッシュ」
「そうじゃのう、まあいないものは仕方なかろう」
 手にした水袋を傾け、残った酒を一気に飲み干すダッシュ。
「ふう、うまかった。親父、何か新しい酒は入っとらんか? なければこれと同じのでいい」
 水袋を差し出し、次の酒を詰めることを要求する。本来は旅行用に水袋を使用するものだろうが、ダッシュの場合は単なる「携帯用酒瓶」と化している。
 店内に、一組の男女が入ってきた。一人は背の高い男──ヴァトルダーと同程度だが、彼よりは幾分細身だ──で、故人となってしまったティグと同い年ぐらいに見える。もう一人はエルフの女だ。
「マスター。ヴァトルダーという男が、この店にいると聞いて来たのだが……」
「あいつに用事ですか?」
 マスターが口を開くより早く、ローゼンが尋ねた。
「あ、失礼。ヴァトルダーと組んで仕事をしている、ローゼンと申します」
「おお、君がローゼン君か。話はクレインの息子から聞いているよ。大した腕を持っているそうじゃないか」
「え? ティグさんの息子……セイン君ですか?」
 意外そうに首を傾げる。
「そう、確かそんな名前だった。若い身空で、なかなかよくできた青年だ……と、それはこの際どうでもいい話だな」
 店の主人が飲み物──色合いから、おそらく柑橘類のジュースだろう──を持って出てきたのを見て、ローゼンは近くのテーブルを勧めた。ダッシュは細かい交渉事は苦手らしく、すぐそばのテーブルの方に陣取って主人に料理を注文している。
「あの青年の薦めで、ヴァトルダーがリーダーを務めるパーティとやらに仕事を持ってきたのだ。本当はクレインに頼むつもりだったのだが、まさか死んでしまっているとは思わなかった」
「ホントよねぇ。何があっても、人間の中じゃあいつが一番長生きすると思ってたのになあ」
 と、こちらはアッケラカンと言い放つ女エルフ。この二人、人間的には対極に位置するようである。
「私たちは、昔クレインと組んでいた冒険者仲間でね。今回もその絡みで話を持ってきたんだよ」
「へえ……ティグさんの仲間だったんですか。そういえば昔も、そんな人の依頼を受けたことがありますよ。確か……アレクなんとか、とか……」
「アルストレイトだな。彼も仲間だったよ」
 相変わらず名前を間違えられているな、と苦笑する男。彼は今どこで何をしているのだろうか? 長らく話を聞かないが……。
「なるほど、お話はわかりましたよ。それで、その仕事ってのは……」
「その前に、こちらも自己紹介しておこうか」
 先走るローゼンをやんわりと制して、二人は名乗りを上げた。
「私はラドリック・アルーズ・バードン。ラドリックと呼んでくれ」
「あたしはキリス・コンフリー。キリスちゃんって呼んでくれると嬉しいな☆」
「は、はぁ……ラドリックさんにキリスさん、ですね。そこに座ってるドワーフはダッシュ。で、俺はローゼン・スレードです。改めてよろしく」
 彼はヴァトルダーに比べ、まだしも常識的な礼儀は身につけている。ファリス神殿での修行の成果……と言えなくもない。
「では、肝心の依頼内容に入ろうか。簡潔に言えば、遺跡の調査だ」
「遺跡……まさか発掘ですか?」
 かのギュレイコブ・アルストレイト氏の依頼で行った古代遺跡の発掘作業を思い出し、額にじわりと汗が浮かぶ。
「まさか。もちろん、遺跡探索の方だ。その遺跡には、魔法剣が眠っているらしいのだ」
「魔法剣……」
「そうだ。それも、そこらにあるような並の魔法剣ではない」
 彼は人差し指を立てた。
「聞いたことはないかね? 刀匠ガルティマールの名を」
「すいません……俺、その道には詳しくないもんで……」
 苦笑するローゼンに、店の入り口から助け船が出た。
「ガルティマール……彼の作った剣は、かのヴァンブレードにも匹敵するという。ま、伝説の一つだな」
「セダルじゃないか! どうしてここへ?」
 彼は店の奥にエールを注文して、空いた席へ座った。
「何、ただの偶然ってやつさ。暇つぶしに寄ったら何やら面白そうな話が聞こえてきたんでな。それで、ガルティマールがどうしたって?」
「その魔法剣のある遺跡を探索にいく……って話だよ」
「ほう……そいつは面白そうだな。俺も一口乗せてくれないか?」
 こちらを見たローゼンに、ラドリックは肯定の意を示した。
「別に私は構わない。ただ、こちらで用意している報酬は定額だがね」
「うっ……」
「心配するな。いざとなれば、俺が報酬を放棄するだけのことだ」
 やたら気前のいいセダル。どうやら、本当に暇つぶし程度にしか考えていないらしい。
「わかった。じゃあ、一緒に行こう」
「ローゼン、恩に着るぞ。ヴァトルダー相手じゃこうすんなりとはいかないからな」
 笑って肩を叩くと、彼は立ち上がった。
「じゃ、また後で寄らせてもらう。しばらく空けることになるとわかった以上、少しでも仕事は片付けておきたいからな」
「仕事があるなら、暇とか言うなよ……」
 颯爽と歩き去っていくセダルの後ろ姿を見て、唸らずにはいられないローゼン。
「報酬は、無事に魔法剣が見つかった場合は五十万ガメル用意しよう。見つからなくとも、五万ガメルは保証する。もちろん、必要経費込みだ」
「五十万……五人で受けて、一人十万ガメル……ダッシュ、どうだ?」
「ん? まあ、いいんじゃないかのう?」
 ダッシュの同意が得られたことで、ローゼンも決断した。
「わかりました。それでお受けしましょう」
「そうか、受けてくれるか」
 ラドリックは鞄から二枚の紙を取り出し、ローゼンに手渡す。
「では、契約書に必要事項を記入してくれ。君の名前でいい」
「契約書……随分と本格的ですね」
「なに、私が形式に拘る性格なだけだよ。それと、クレインのやつにずいぶん教えられたから……かな?」
「はあ……」
 深くは聞かずに、ローゼンは細かい条項にしばらく目を通した。何カ所か微妙な言葉遣いの点を確認してから空欄を埋め、最後に自分の名を署名する。彼からその書類を受け取って、ラドリックは満足げに頷いた。
「ではこれで契約成立ということで──」
「お〜いローゼン」
 藪から棒に、ダッシュから声がかけられた。
「ちょっとややこしいことになりおったぞ」
「ん〜?」
 振り向いたローゼンの目に、出払っていたはずのヴァトルダーが入ってきた。なんだ帰っていたのかと単純に受け止め、彼は軽く手を挙げて挨拶した。
「で、ややこしいことってなんだ? こっちはもう、契約成立したぞ」
「ぬお」
 ドワーフが呻いた。契約の成立したことに何の問題があるのか、ローゼンには不思議でならない。
「それがのう、ヴァトルダーも別口で仕事を取ってきたようなんじゃ」
「何ぃ?!」
 後ろ向きの姿勢で椅子の後ろ二本足に体重を乗せていたローゼンはその拍子にバランスを崩し、前頭部から派手に頭を叩き付けた。
「いてて……」
 真っ赤に染まった額が何とも痛々しい。
「それでヴァトルダー、そっちはどんな内容なんだ? たぶん、こっちほど良い条件じゃあないと思うんだが」
 赤毛の戦士は何事か呟くと契約書の控えを差し出した。ローゼンも今し方完成したばかりのそれを渡して、互いに検討する。
 双方の依頼内容は酷似していた。違うのは遺跡の場所と目標物、この二点ぐらいのものだ。それはつまり、一方のみを選択することの困難さを示している。ヴァトルダー個人としては、ローゼンの受けた魔法剣探索に心惹かれているようだが。
 ラドリックとキリスの紹介が一通り終わってから、ローゼン達はいよいよ決断を迫られた。
 一つの案を思いつき、ローゼンがヴァトルダーに確認する。
「ヴァトルダー、お前達の方はバランスが取れているよな?」
「え? そうだなぁ……俺とラエン、リーハさんにダルスにフィップ……確かに十分な構成ではあるな」
「だろ?」
 これでローゼンの心は決まった。結成以来、多少欠けることはあっても基本的に分かたれることのなかったパーティの、初の分割である。立ち上がって、彼はその意を告げた。
「それじゃ、そういうことで俺たちはこっちの依頼を受けることにするよ。そっちはそっちでラエンの方を手伝ってやってくれ。この期に及んで、一方だけ顔を立てるなんてのは不可能だしな」
「……パーティ分割ねぇ……たまには、新鮮で面白いかもしれんな」
 割と乗り気な様子で、ヴァトルダー。
「ようし! じゃあそれでいってみるか!」
 かくして、彼らは別々の依頼を遂行することになった。

「う〜ん……まずいなぁ……」
「なんじゃい? 何ぞ問題でもあるのか?」
 テーブルに机に向かってうんうん唸るローゼンを見かね、ダッシュが声をかけた。
「ほら、パーティを分割しただろ。そうしたら、こっちの構成員がさぁ……」
 指折りしてダッシュ相手に確認する。
「戦士はラドリックさん、シーフはキリスさん。まあ、この二人の腕は信用していいと思うんだ。で、あとはシャーマンがセダル、プリーストは俺、あとおまけでダッシュ……」
「おまけとは何じゃい、おまけとは!」
「気にするな、言葉のあやってやつだ」
 どこまで本気か計りかねる口調で、ローゼンはその抗議を受け流した。
「それより、何か足りない気がしないか?」
「んむ? ……そう言えば、ソーサラーがおらんのう」
「そういうこと。古代遺跡へ潜ろうとしているのに、ソーサラーなしじゃはっきり言って話にもならないからな」
 顔をつき合わせ、今度は二人してうんうん唸り始める。
「困ったなぁ……俺たちレベルの腕を持っている奴なんて、そうそういないだろうし……」
「おお、そうじゃ。セイン君はどうじゃ? 彼なら腕は抜群じゃぞ」
「そうか、そう言われればそうだな──」
 と頷きかけて、即座に否定する。
「いや、駄目だ。いくら小さくなったとはいえ、今やクレイン・ネットワークの総裁。そう簡単に借り出せるわけがない……」
「それもそうじゃな……」
 そしてまた唸る。かなり深い思考野の谷に落ち込んでしまっている。
「改めて考えてみたら、俺たちってティグさん以外に大きなコネを持ってないんだよなぁ。今更ながら思い知らされたよ」
「ま、諦めが肝心かもしれんのう」
「今のところセダル込みでも三人だから、もう一人増えて四人になっても一人十二万と五千ガメルあるんだよな。この報酬で、誰か釣れないかなぁ……」
 両手で契約書の控えをパタパタと振ってみせる。と、その紙が急にローゼンの手を離れて浮上した。
「へえ、結構良さそうな仕事ね。実入りもいいし」
「ちょ、ちょっと!」
 頭の上で契約内容を検討され、慌てて立ち上がって控えを取り返す。
「ったくもう、いきなり何を──う〜?!」
 目の前に突如出現した女性に、目を瞬かせる。見るからに盗賊然とした格好で、プロポーションは抜群。少々背の低い(もちろん女性の平均と比較しての話だ)のが玉に瑕ではあるが、ローゼンに言わせれば、
「かなり好みかもっ」
 といった具合である。
「ねえねえ、あたしもその仕事に混ぜてよ。こう見えても、結構役に立つと思うわよ」
「いや……あははは、役に立つって言われてもねぇ……俺たちが必要としてるのは、シーフじゃなくてソーサラーだしさあ……」
 と言いながらも、心は120度ほど傾いている。ダッシュが顰めっ面をしているが、残念ながら既にローゼンの眼中にはない。
「え? 私、これでもソーサラーよ。こう見えても、ついこの間まで賢者の学院に所属してたんだから」
 「ついこの間まで」というところにかなり重大な問題が潜んでいそうに思えるが、あいにくローゼンの思考はその遙か手前でブレーキをかけられていた。
「そっか、ソーサラーなんだ。なら問題ないなあ」
「くぉらローゼン!」
 さすがに見かねてテーブルに掌を叩き付けるダッシュ。
「それじゃあダッシュ。お前は、出立の明後日までにソーサラーを見つけられるのか?」
 瞬間的に真面目な表情に戻ったローゼンに、ドワーフは面食らいながらも反駁した。
「そ、それは……じゃからと言って、こんなどこの誰ともわからぬ女を仲間に加えるなど……」
「それも考え方次第さ。俺たちだって、元は知らない同士だったんだ。な?」
「確かにその通り……じゃが……わしには、お前がその女と旅をしたいために無理矢理理屈を拵えておるような気がするんじゃが……」
 すました表情で聞き流すローゼンだったが、残念ながら右頬を汗が伝い流れていった。
「気……気にしない、気にしない。
 とまあそういうことで、歓迎するよ、ええと……」
「シャスティ・シファー。よろしくっ!」
 右手でVサインを作って、彼女は名乗りを上げた。

 出発当日の朝。
「よう」
「お、セダル。遅いぞ」
 約束の時刻から少し遅れて来たセダルに、ローゼンが嫌み半分に尋ねる。
「女にでも追いかけられたか?」
「うぐ……まあ、似たようなところだ」
 実際は妹分のエーリアに泣きつかれていたのだが、そこまでは口にできないセダルだった。
「で、これで全員揃ったわけだな?」
 先日見かけた依頼人の二人も来ているから、当然のことと思いセダルはそう口にした。
「いや……もう一人いるんだけどね。ソーサラーを一人、誘っておいたんだ」
「ほう、ソーサラーを……」
 あたりを見回してそれらしい人間を捜してみるが、一向にそれらしいのは見えない。ただ、あたふたと歩き回って何かを探している女が目に留まった。
「なあローゼン……まさか、『あれ』じゃないよな」
「え? そうそう、彼女だよ。お〜い、こっちこっち〜!」
「おいおい……」
 ローゼンに呼ばれて軽快に駆け寄ってくる彼女に、セダルは眉間の辺りを押さえた。
「もうちょっとこう……ソーサラーらしいソーサラーはいなかったのか?」
「いいじゃん。かわいいし」
「くっ……」
 セダルとて嫌いなタイプではないのだが、命を預け合う仲間となると話は変わってくる。
(この女が信頼に足る能力を備えていればよいが……)
 しかし残念なことに、外見からその様子は見受けられない。
「ごめんなさい〜っ、遅れちゃいました〜」
 へこへこ頭を下げて謝罪した後、彼女は改めて全員に自己紹介した。その名に、ラドリックとキリスが敏感に反応する。
「シファー?! まさか、あのグラーク・シファーの娘か?」
「あれ〜? おじさん、父のことご存じなんですかぁ?」
 かなり昔のことになるが、パダ遺跡で莫大な財宝を手にしたとして一躍有名になったパーティがあった。その一人だったのが、今ラドリックの上げたグラーク・シファーである。当時駆け出しの冒険者だったラドリック達にとって、その活躍は名前と共に鮮明に焼き付いているのだった。
「そうか、あのグラーク・シファーの娘が……年月の経つのは早いものだ」
「あんたも随分と老けたしね……いたっ」
「横から下らん茶々を入れるな」
 手加減なしに頭を叩かれて、恨めしげにラドリックを見上げる。
「あたしに手を上げたね……あんた、きっと早死にするよ」
「当然だ。人間の私が、お前より長生きするはずがなかろう」
 キリスはそれに対する反論が思いつかぬと見えて、プイと横を向いてしまった。とても長寿のエルフ族がとる行動とは思えない。
「時間が惜しい。そろそろ出発するとしよう」
 ラドリックの言葉に従って彼らは歩き出し、彼らは西の関所を抜けて街道に出た。ヴァトルダー達とはちょうど正反対の方角に、目指す遺跡はある。
「ガルティマールの剣……」
 ヴァンブレードと等価とまで謡われる伝説の武器。夢を目指し、もう一つの冒険が始まった。


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