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美少女魔術師は非常識

 法衣が汚れるのも気にせず、彼はそこへ座り込んでただひたすらに悩んでいた。
(俺は判断を誤ったんだろうか? やはり、彼女は連れてくるべきではなかったのか……?)
「ねえ」
 肩を叩かれて呼ばれた気がしたが、あえて無視する。今はそれどころではないのだ。
(……そうだ、あの時俺は外見に気を取られるあまり、内面を見るというより重大なことを疎かにしてしまったんだ! ああ、俺は……っ!)
「ねえってばぁ〜」
 頭をペンペンと叩かれた。内心思うところはあったが、今度も彼は無視する。
(ともあれ、今は過ぎたことを悩んでいても仕方ない。問題は、現在進行中の事態をどう処理するかだ……)
「おぅい、返事してよ〜」
 両の頬が、ふに〜と左右に引っ張られた。
 ……そして彼の堪忍袋の緒は毛細血管数十本を道連れに弾け飛び──気がつくと彼女の頭を小脇に抱え、幾度となく叩き続けていた。

「まったく、無茶苦茶な娘よねぇ」
 「パーティの常識人」セダルとダッシュ、さらに依頼人であるラドリックまでもが村人に平謝りしている中、女エルフ・キリスは冷ややかに、頭をポカポカ叩き続けるローゼンと叩かれ続けるシャスティを交互に見ていた。その横では大爆発で抉られた大地が白煙を上げて燻っている。
「ちょっとちょっと、そろそろやめたげれば?」
 声と同時にうなじの辺りをつい〜と撫でられたローゼンは、さすがに正気を取り戻して手を離した。続いて頬を引き吊らせ抗議に移る。
「キリスさん、人を止めるのにそういうのはやめてくれません?」
「あ〜ら、これじゃまだ不満? もっとすごいのやってほしいの?」
「い、いや、別にそういう意味じゃなくて…………あ、俺も謝っておこう」
 感覚というか常識のあまりの差異に愕然として、ローゼンはさりげなくキリスの横をすり抜け、村人の抗議の声に陳謝する男性陣の列に加わっていった。
「ホント、からかいがいのある『坊や』ねぇ」
 あのヴァトルダーと同じパーティにいることから誤解されがちだが、ローゼンの方は意外とその方面に疎い──表面的行動はさておいて──。腐ってもファリス神官である。さすがに、『坊や』と称されるほど子供ではないのだが……。
「まったく、何考えとるんだね、あんたらは!」
「本当にすいません……まさか連れが、あそこまで『常識外れ』とは知らず……」
「はっ! そういうレベルじゃないじゃろう?! 大事な畑を、あんなにして……いったいどうしてくれるんじゃっ!」
 村長と思しき人物が指さしたその場所──横でシャスティがのびている──の周りには、収穫間近と思われる野菜が散乱していた。穴の大きさから判断して、炭と化したそれの量はその何倍もあるだろう。
「まったくもって申し訳ない……我々にできることなら何でもしますから、どうか──」
「ほう?」
 村長の眉がピクリと動いた。
「本当に、何でもするんじゃな?」
「ええ、もちろん……」
 言いながら、セダルは「しくじったかな?」と内心舌を打った。彼にしてみれば、こんなところで時間を浪費するくらいなら金で解決させた方がマシではある──金額にもよるが。ティグへ仕える間に失われた金銭感覚は、意識したところでそう簡単に戻せるものではない。
「……よかろう。では、お主達に一つ頼まれてもらおうか。この付近におるという、山賊を退治してほしい」
「山賊……?」
「昨今、この付近を荒らし回っておるらしい。隣村も、一ヶ月ほど前にやられおった」
「それを退治すれば、今回の件は多めに見ていただけると?」
「うむ。ただし、山賊の蓄えておるものは全て引き渡してもらうぞ」
 どう贔屓目に見てもアンフェアな条件だが、事の非が明らかにこちらにある以上、断れるはずもなかった。
 かくして、シャスティの起こした不始末を取るべく、彼らは山賊退治というあまりといえばあまりに不釣り合いな仕事へ従事することになった。無料で。そう、無料で……。

 シャスティにはシャスティで、一応は言い分もあった。
「だってミミズ嫌いなんだもん」
 ──弁明の場に彼女が居合わせなかったことは、不幸中の幸いであった。
「お主……ミミズが嫌いなのは別に構わん。じゃが、そこでなぜファイア・ボールをぶっ放す?」
 山賊が住んでいるという山奥への道すがら、ダッシュが努めて冷静に、彼女に尋ねる。
「なぜ……って、だからあたし、嫌いだしぃ」
「ほほぉ……それが理屈になると思ってるわけだ」
 後ろから低い声で尋ねかけられて、シャスティはビクッと身を縮めた。先ほど執拗に頭を叩かれたことで、図らずもローゼンへの恐怖観念を植え付けられてしまったらしい。
「俺さぁ、お前さんが『賢者の学院』を追い出されたわけ、何となくわかったよ」
「ちょっ……あたし、『追い出された』なんて一言も言ってないわよ〜!」
「言わなくてもわかる」
 シャスティは白い目のローゼンに断定されて口ごもってしまった。自分から飛び出したのでないことは事実のようだ。
「その年でファイア・ボールを使えるのだから、素質は十分……なるほど、グラーク・シファーの娘というのは本当なんだな」
 腕組みして呟いたラドリックに希望を見出したのか、彼女は近寄って力一杯頷いた。
「──にも関わらず、性格が『これ』というのは……いやはや……」
「ちょっとおじさん、どういう意味?!」
 こめかみを押さえて首を振られ、あまつさえ小馬鹿にしたような笑みでため息をつかれて、シャスティは両手を振り回し喰ってかかった。
「いやいや、ただの独り言だ。気にするな」
「う〜。みんなしてあたしを苛めてる〜」
 温厚なラドリックにまで貶されては(本人にそうしたという自覚はないのだが)、さしものシャスティも気落ちするなと言う方が無理な話である。
 それきり皆押し黙ってしまい、ひたすら黙々と斜面を登り続けていった。
 彼らの顔が夕暮れに染まる頃、先頭を歩いていたキリスが立ち止まってラドリックの方を振り返った。
「……着いたわ」
 なだらかな斜面に、小屋──見張り小屋とみて間違いなかろう──と、そのすぐ近くに洞穴が口を開けている。
「よし。では、私が囮となって山賊どもを誘き出す。君達はそこを……」
 小声でてきぱきと作戦を下すラドリックの耳に、つい先ほど聞いたような爆音が飛び込んできた。
「………………まさか………………」
 素人が扱う操り人形のようにぎこちなく振り向いたラドリックは、メラメラと燃え上がる小屋を見て二、三度目を瞬かせる。
「ふぃ〜Y
 一仕事成し遂げた労働者のように清々しい笑顔で額の汗を拭ったシャスティは、次の瞬間ローゼンの無言の一撃で昏倒した。
「お前、ヴァトルダーがいない分消費しない余剰エネルギーを、こいつで発散させてるな」
「いや、たぶんあいつの時以上にエネルギーを使ってるな……ってそうじゃない! あんな爆発を起こしたら……」
 ローゼンが言うまでもなかった。あれだけ派手な音を立てて、山賊に聞こえないはずがない。案の定男達が党を成し、洞穴からわらわらと飛び出してきた。
 こうなってしまうと、作戦も何もあったものではない。夜の闇が迫りくる中、キリスを除く一行と山賊の間に大混戦が展開されたのだった。

「これで最後か」
 ラドリックは気絶した山賊の両手足を縛り上げた。それからその男を無造作に地面に放り捨てると、自分もその側に座り込んで大きく息を吐く。男は呻き声を上げたものの、それで気が付いた様子はなかった。
 燃え尽きた小屋の傍らには、このようにして四十人近い山賊が転がされている。
 圧倒的な大人数とはいえ、所詮一介の山賊如きが歯の立つ相手ではなかった。何と言っても「ティグのパーティメイト」と「ヴァトルダーのパーティメイト」、プラスおまけ1名が構成するパーティなのである。彼らが見せている疲れも、どちらかと言えば「いかに命を奪わず相手を倒すか」に腐心した結果のものだ。とりわけラドリックなどは「斬れ過ぎる魔法剣」で3人ばかり斬り捨て、あまりの弱さに愕然としてからローゼンの持っていたモーニングスターへスイッチしたため、普段の戦闘で消耗する以上の体力を失っていた。
 ちなみに鈍器は、刃物ほどに致命傷となる傷を与えないため手加減には打ってつけの武器である。
「皆、奥にちょうど食事の用意ができておるぞ! 冷めんうちに食べよう!」
 洞窟の中を調べに行っていたダッシュが、嬉々として仲間に告げた。抗議の声を上げかけた山賊その1を無言で黙らせてから、先頭に立って洞窟の奥へ消えていく。
「ふん……結局、一日のロスタイムといったところか……」
 最後に洞窟へ入りかけたセダルは、後ろで芋虫状態になっている山賊達を一瞥してから足を進めた。

 深夜、なかなか寝付けずにいたローゼンは法衣を羽織って洞窟の外に出た。地面に転がったまま眠りこける山賊を無視して、彼は上手にある草原へ向かった。
 緑の絨毯に身を横たえ、澄み切った夜空を見上げる。
「……何だか、虚しいな……」
 瞬く無数の星を見つめてポツリと呟く。彼は今、激しい虚無感に苛まれていた。
「何だ? 今、いったい何が足りないと言うんだ?」
 ヴァトルダーがいないからか? いや違う。ソローちゃん? それも違う。フィップでもない。ダルス? ……こいつは論外だ。
「……リーハさんかな、やっぱり……」
 身を起こし、周りに誰もいないことを確かめてからローゼンはその名を小さく口にした。ひどく懐かしい感じがする。
「おかしいな。3ヶ月前はこんなじゃなかったのに……」
 往々にして「失って初めてその価値に気付くもの」がある。
 ティグの生前、ローゼンはリーハ=エーレンの事を「信用できる女の人その1」としてしか見ていなかった。いわば「常連宿のお姉さん」と同格だったのである。また本当の恋愛というものを知るには、当時の彼は精神的に若すぎた。
 しかしティグの死後、一人の男によってローゼンの認識は大きく変えられてしまった。他ならぬ「髭をなくせばなぜか美形」ラエン=バームである。リーハが彼一人の『専有物』となった時、ローゼンの中にリーハに対する見方は変わった。人というのはえてして自分が所有していないものに興味を抱く。やがてそれは恋愛感情へと発展するのだが、ラエンとも知己である手前、そのような想いを表に出すわけにもいかない。また一時の気の迷いではないかと思ったことも、感情抑制に一役買った。
 かくして天下のファリス司祭は悶々とした時間を過ごすことになる。そこへ「仕事の依頼」という転機が訪れた。
 パーティ分割は理性的判断の産物だが、その深層心理に「リーハへの想いを冷静に見直す好機である」という打算がまるでなかったと言うのは間違いである。
 すなわち、今回のパーティ分割にはローゼンの極めて個人的な都合が作用していたのだ。本人は意識するべくもなかろうが……。
「目を閉じればその笑顔が浮かぶ。ああ、俺のリーハさん……」
 我々が少々目を離している隙に、ローゼンは空想を通り越して妄想の領域へ足を踏み入れてしまったようだ。手が妖しげに宙を掻いている。
「はあ……ラエンさえいなければ…………そうだ、ラエンさえいなければいいんだ。ラエンがいなくなってしまえばいいんだよ…………」
 彼は拳を力一杯握りしめた。ランタンに照らし出された目つきがそうとうアブない。
 そこから彼の思考は「ラエンがいなくなるにはどうなればいいか」→「ラエンが命を落とせばいい」と推移した。そして最終的に「では、ラエンをいかにして暗殺するか」の案を練り出したところで我に返り、その右拳で暴走した頭を二度三度殴りつけた。
「何考えてるんだよ、俺は……
 それにしても……はあ……」
 疼く頭と胸を押さえてから、ローゼンは再度視界を宙に転じ、ぼんやりと星の海を眺めた。
 不意に、輝く空に影が落ちた。
「何やってんの? こんなとこで」
「な……何でもない」
 ローゼンは慌てて飛び起き、動揺を沈めるために二度咳払いした。今の自分の姿を見られたとあっては、罰の悪いことこの上ない。
「お前こそ、さっさと休んだらどうだ。子供はとっくに寝ている時間だぞ」
「子供じゃないもんね〜だ」
 星明かりを背に受けて、シャスティ・シファーはローゼンの顔を覗き込んだ。
「またまた……どうみたって、十代にしか見えないぞ。俺にしてみれば、十代なんてのは子供だ」
 かく言うローゼンも二十歳ジャストなのだが、それを平然と棚に上げておくところがいかにも彼らしい。
「ちっちっち。これでもあたし、22だよ」
 二人の間を、冷たい夜風が吹き抜けた。
「…………え〜と……」
 視線をあちこちに彷徨わせ、戦闘時に6回攻撃をできるほどの時間が経ってから、ようやくローゼンが口を開いた。
「すまない、よく聞こえなかった……いくつだって?」
「22」
 ローゼンは彼女の目をまじまじと見た。常識が大きく欠如しているとはいえ、嘘をついているようには思えない。
「……」
 ということはすなわち、ローゼンは彼女シャスティより二歳も年下という、想像するだに恐ろしい現実が具現化することになるわけである。
 彼の中にあった虚無感はいつの間にか雲散霧消していたのだが、心理状況はますます悪化したと言える。
「いや……まあ、年齢のことはこれくらいにしよう。ところで……」
「そうそう、ところでローゼンはいくつなの?」
 さり気なく話題を転じようとした彼の努力を完璧なタイミングで台無しにするシャスティ。
「え……え〜と……」
 またも視線を彷徨わせ(『動揺した時の癖』のようだ)、彼はその視界にドワーフの姿を認めた。用でも足しに起きてきたのだろう。
「おーい、ダッシュ〜!」
 名を呼ばれて、神官戦士ダッシュはのそのそとローゼン達のいる場所まで上ってきた。
「なんじゃい、お前達。こんな時間に……」
 と話しかけてから二人を交互に見つめ、
「……いやいや、邪魔をして悪かったのう。じゃ、そういうことで……」
「そういうことにするなぁ!」
 勝手に自己完結したダッシュをむんずと捕まえ、自分の方へ引き寄せる。
「なあダッシュ、お前も言ってやってくれよ。子供はもう寝る時間だぞって」
「あ〜、まだ言う〜」
 ローゼンにしてみれば「このままシャスティを寝かしつけて、何もなかったことにしよう」という腹づもりだったのだが、これが逆効果になった。
「あ、そだそだ。ドワーフのおぢさん、ローゼンがいくつか知ってるよね〜」
「む〜……確か19……いや、20じゃったか?」
「え〜、ホント〜? な〜んだ、あたしより年下じゃんY
「あち……ダッシュ、恨むぞ……」
 頭を抱えたローゼンの肩を、シャスティはポンポンと叩いた。
「どしたの? なんか悩み事? 何なら、この『おね〜さん』が相談に乗ったげるわよ」
「……俺、もう寝るわ……今度こそ眠れそうだ……」
 精神的に参ってしまったローゼンは、この言葉と裏腹に数日間不眠症に陥ってしまうのだが、今の彼には知る由もない。
 危なげな足取りで洞窟へ引き上げていくファリス神官の後ろ姿を、ダッシュは心底不思議そうに見送っていた。
「わし……何か悪いことを言ったかのう…………あ、山賊を踏みおった……」

「お見事ですじゃ。まさか一日で山賊を捕らえなさるとは……わしらもこれで安心して暮らしてゆけるというものじゃ」
 翌日の昼、数珠繋ぎにされた山賊と彼らの溜め込んでいた財宝の類を持ち帰ったラドリック一行に、村長以下村のものは総出で出迎えた。村の大きな脅威が取り除かれたのだから当然といえば当然なのだが。
「ついでじゃから、お前さん方、この連中を町の官憲まで突き出してくれんかのう? ここに置いていかれても、わしらの手には余るでな」
「ただでは引き受けませんよ。我々が承諾したのは、山賊を退治することだけでしたからね」
 顔色一つ変えずにセダルが言った。
 人情で「ついでに」契約以上の事を処理するのはよくある話である。しかし金銭感覚にシビアな者から見れば「なんで金取らないの? 勿体ない」となるわけだ。
 セダルにしろリーハにしろ、経済面ではこの傾向がある。というより、クレイン・ネットワークの中でこの感覚がなかったのは、総裁であったティグ当人ぐらいのものである。だが伝え聞くところ、昔はかなりシビアだったらしい。してみると、あまりに有り余った財力がティグ・フィー・クレインを「金にルーズなおっちゃん」へと変えてしまったのだろう。
「なるほど……依頼料を寄越せというわけじゃな?」
「ご理解が早くて助かります」
「……よかろう」
 村長は財宝の山から手近にあったものを一つ選んで手渡した。
「ほれ、これをやろう。高々山賊を町まで連れていくだけの仕事じゃ、こんな小さな村が出す依頼料にしては破格じゃろう?」
「……ね〜ローゼン、ファイアボールぶっ放していい?」
「う〜ん……許可したいところではあるが……」
 村長暗殺計画を練る女魔術師とファリス神官。気持ちはわからないでもない。
「わかりました。お受けしましょう」
『え?!』
 ローゼンにシャスティにキリス、ついでに当の村長までが素っ頓狂な声を上げた。承諾の主は、金にシビアであったはずのセダルその人である。
「ちょっと待てセダル……俺たちに一言の相談もなく……」
「いいんだ、いいんだ。では村長、確かに戴いていきますよ」
 詰め寄るローゼンを無視して、セダルは村長の手から『依頼料』──老人の手に収まる大きさだ、嵩も重さも高々知れている──を受け取ると、きびすを返して村の外へ歩いていく。仕方なく残りの者も彼に続いた。
「君、説明してもらおうかね。このままでは私も納得できかねるが」
 街道までの道すがら、ラドリックが口許を手で覆って尋ねる。
「何、大した理由じゃありませんよ。単にこれが、あそこにあったものの中では一番値打ち物そうだったという、ただそれだけの話です」
 さらりとセダルは言ってのけた。
 実のところ、彼は財宝の荷造りの段階で布石を打っておいたのだった。小物は底の方に、上へいくに連れて重く、一見値が張りそうなものを積んでおいたのだ。そしてその中に一つ、お目当ての『もの』をさりげなく置いたわけである。
「具体的な金額は魔術師ギルドにでも持ち込まないとわかりませんがね……十万ガメル単位は下らないと思いますよ」
 些か胸を反らして、セダル。一代にして財を成した天才商人ティグ・フィー・クレインの元で培われた鑑識眼は、伊達ではない。
「そういうわけだったか……しかし、それならそれでちゃんと言ってくれればいいのに」
「敵を欺くにはまず味方から、だ。そうだろ、ローゼン?」
 なるほど、あの状況からすればまったくもって正しいことである。それにローゼンも平生から幾度となく実践していることだ。もっとも彼の場合は標的としている人間が限定されており、しかも『欺きっぱなし』なのだが……。
「わかった。君を信じよう、セダル君」
 幾分腑に落ちない様子を見せながらも、ラドリック・アルーズ・バードンは穏やかに頷いた。

「千ガメルになります。鑑定料を差し引いて500ガメルに……」
『──こぉの嘘つきぃっ!!』
 一瞬の沈黙の後、受付の男の言葉が最後まで聞かれることなく、セダルはパーティ全員から袋叩きにされた。
「ちょっ、ちょっと待て! おい、そこのお前、千ガメルなんてことがあるわけないだろう? 本当にちゃんと調べたのか?!」
 よろよろと立ち上がって、顔中腫れ上がったセダル(二枚目が台無しである)はにじり寄った。何がどう転んでも、千ガメルなどというわけがないのだ。少なくとも彼の目に映った限りでは。
 セダルの問いかけに、受付は申し訳なさそうに答えた。
「はあ…………正直に申しますと、私どもの手には負えない代物でして……魔力がかかっていることしかわかりませんもので、とりあえず買い取っておいてあとで上へ回そうかと……」
「……おいおい……」
 怒りを通り越し、呆れた口調でセダル。魔術師ギルドの末端しかないこのように辺鄙な町で鑑定を頼んだ自分たち自身も、悪いと言えば悪いのだが。
「仕方がない。鑑定は、エレミアまでお預けにするか……。中途半端な場所でおかしな判定をされても叶わないしな」
 純粋に魔術師の能力だけで済むものならばシャスティにでも頼めばよいのだが、あいにく鑑定は博物学的な知識をも多分に要する。彼女のお粗末な知識量に委ねるわけにはいかないのだ。

「あいつらだな、『剣』の情報を掴んでるってのは」
 肩を落として魔術師ギルドを出てきた一行の背を物陰から見つめる一団があった。その中で、刺すような眼光を放つ中肉中背の男が身を乗り出す。
 彼の肩を掴み、黒のローブに身を包んだ男が制した。
「──待て」
「構うこたぁねえ、殺っちまいやしょう!」
「情報とやらが明文化されているとは限らん。もしも記憶に留めているだけだったら取り返しのつかんことになる」
 今にも飛び出さんとしていた男は目を瞬かせ、幾度か頷いた。
「それに小さいとはいえ、町中で騒ぎを起こすのは得策ではないからな。……だが、ようやく見つけたものをみすみす見逃す手はないな」
 黒ローブの男はしばし思案した後、
「……よし。軽くお手並み拝見といこうか」
 とローブをまさぐって何かを取り出し、呪文を唱えた。みるみるうちに等身大の大きさになった『それ』に、その場に居合わせた者から感嘆の声が上がる。
「ふふ、三体もいれば十分だろう……さあ、行け!」

「そうそうシャスティ」
「なぁにローゼン、おね〜さんに何の用?」
 瞬間的に頬を引き吊らせたものの、めげずに彼は続けた。
「これから禁止事項を言う。この二点は絶対守ってくれ」
「聞いてから考える」
「いいから守れっ! 一つは、俺より年上だということを必要以上に主張しないこと」
「なんだ、結構傷ついてんだね」
 図星である。
「もう一つ、こっちは破ったら即刻パーティから追放するぞ。町中でファイアボールを使わないこと」
「うん。よ〜するに、使うならブリザードを使えってことだね」
 『ブリザードまで使えるのか、この小娘……』とは、パーティの誰もが思ったことである。
「……訂正。一切の魔法を使ってはならない」
「え〜、そんな〜、つまんない〜」
 暴れるシャスティ。まるで子供並である。子供の方が魔法を使えない分だけマシという話もあるが……。
「……あ」
「なんだ、納得したか?」
 不意にピタッと暴れるのをやめた彼女を見て、勘違いするローゼン。
「ううん。ねえ、あれ……」
「なんだよ、モンスターでも……うげっ!!」
 振り返って絶句する。
「ちょっとラドリック、あれってスケルトン・ウォリアーじゃないの?!」
「う、うむ……たぶん間違いないな……」
 ラドリック達も動揺を隠せずにいた。といっても、慌てふためく町の衆よろしく、竜牙兵(スケルトン・ウォリアー)そのものに驚いているわけではない。もの自体は、何度となくお目にかかっている。
 問題なのは遭遇場所である。古代遺跡ならいざ知らず、こんな町中に、しかも白昼堂々竜牙兵のような代物が闊歩しているのだ。平然としていられる方がどうかしている。
「ね〜ローゼン、こ〜ゆ〜場合も使っちゃ駄目なの?」
「う゛……」
 状況が状況だけに却下し辛い。しかし一度例外を認めてしまうと、あとあとにまで禍根を残してしまいそうでもある。またそれ以前の問題として、派手な呪文を行使すると町にも甚大な被害が及んでしまう。
「と……とりあえず、その答えは保留。まずはあのスケルトン・ウォリアーをなんとかしないとな……」
 彼我の距離はまだ離れている。魔法戦を展開するにはちょうどよい距離だ。
「ま、ここは俺に任せてもらいましょうかね。あとあと、衛兵さんにも申し開きしやすいし……」
 法衣を風に靡かせて前に一歩進み出るローゼン。
 そこへ、遅ればせながら町の衛兵が到着した。竜牙兵を遠巻きに見やりながら、それでもジリジリと近づこうとしている。
「離れて! ここは私にお任せ下さい!」
 ローゼンの一喝で、衛兵はあっさり引き下がった。仕事でもなければ近づきたくないところへの、ファリス神官様からのお言葉である。拒否するはずがない。
「おい、大丈夫かね。彼の実力は信じているが、あまりに強烈な魔法は……」
「心配いりませんよ。俺の読みでは、初級魔法をぶっ放すはずです」
 違う意味で不安げなラドリックに、セダルが余裕の笑みを見せた。
 竜牙兵との距離が10メートルにまで縮まったところで、ローゼンは動いた。果たして、彼の見せた魔法は──
「<フォース>!」
 フォースだからといって馬鹿にしてはいけない。その力は高司祭級と謳われる神官ローゼン・スレードのフォースである。しかも三体の竜牙兵に向け、同時発射していた。
 気弾を受け、三体同時に後方へ跳ね飛ばされた。町人や衛兵から喝采が沸き起こる。
「……ち、しつこいな……」
 さほど時間をおかずに起き上がった竜牙兵を見て舌打ちしたが、即座に指先から第二射を打ち出した。この時点で、一体が活動停止。
 残る二体も、第三射、さらに第四射でそれぞれ撃沈されてしまった。
「ありがとうございます! 我々ではとても手に負えぬ代物でした。お陰様で助かりました!」
「いえいえ……例には、及びませんよ……」
 都合9発のフォースを放った直後だけに、肩で息をしながらローゼンは応じた。
「それにしても、誰が造り出したんだ? 遺跡から出てきたとは思えないし……」
「誰かに嗅ぎつけられたかもしれんな」
 少し離れた場所で首を傾げたセダルの疑問に、横にいたキリスにだけ聞こえるように囁くラドリック。
「あいつら、あたしたちの方を狙ってたものね……。ものがものだけに、噂になって広がっても不思議じゃないか……」
「ああ。ガルティマールの剣の情報を我々が握っていると知れば、是が非でも手に入れようとするだろうな」
 しかし奪われるわけにはいかない。二人はただ一振りの剣のために、二十年近い歳月を費やしたのだから。情報がたとえ一部でも漏れることは、人生の証が削り取られるに等しいのだ。
「こんな時にティグがいれば、もう少し安心できるんだがな……」
 今度はキリスにすら聞こえない小声で、ラドリックは旧友の名を口にした。

「何という力だ……たった一人、それも<フォース>だけで三体の竜牙兵を倒してしまうとは……」
 黒ローブの男は驚嘆した。実力と生来の素質、両方を兼ね備えて初めて為せる業である。魔晶石の力を借りればカバーできる面もあるが、見ていたところそれを使った節はなかった。
 男は肩を竦め、周りに控えた男達に撤退命令を出した。
「今しばらく様子を見ることにする。事を起こすのはそれからでも遅くはない」


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